先人たちの底力 知恵泉(ちえいず)「江戸の危機管理“決め手は日々の蓄積”」

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この番組のまとめ

江戸の町は マグニチュード6.9という大地震に見舞われました。 世に言う 安政江戸地震です。 私 震災の現場震災というと 東日本の大震災の翌日に入りましたけども他には スマトラ沖の津波のあとにインドネシアに2回 行きました。 私たち緊急医療援助団体なんですけどなかなか その私たちができる事と現場のニーズが合わなかったり何ができるかなとかなかなか難しかったりしますね。 それこそ東日本大震災の時とかはまあ経験した事のない揺れを感じて。

まずはヘッドクオーターにあたる老中・若年寄の武家屋敷を修理するため合計5万8,000両が貸し付けられました。 といっても 電話やインターネットもないですよ…当時 将軍の身に何か起きたと聞けばこの「御機嫌伺」のついでに各藩から被害状況が報告されたのです。

人間同士のネットワークが社会をつないでるなって感じる事とかって?そうですね やっぱり逆に途上国というか私たちが働く場所の方が 逆に国は頼りにならないとか自治体は頼りにならないとか思うので地域の人たちが常に どこに病人がいるとかどこに障害者がいるとかどこに貧しい人がいるとかそれ全部 分かってお互いにサポートしてあの人が最近見えないというとすぐ見に行くとか。

安政江戸地震は 今の震度で言うと最大震度6強という事で畳が滑ってしまって。 それが江戸時代ですからこれは今とは比べ物にならない。 でも 安政江戸地震ではそれが 裏目に出てしまいます。 江戸時代 多くの町民は借家住まい。 緊急対策会議が開かれ夜明け前から 被災者の救済策に乗り出しました。 当時の 南町奉行所の与力の記録によるとそれが 今日の2つ目の知恵。 例えば 明暦3年1月の…こうした経験から 幕府は被災者のため 仮設住宅を造るようになったのです。

なので 今 アフリカではお米を寄付しても炊けないし おなかこわすのでレディトゥユーズってこうピーナツバターみたいのをこう 配るんですね。 仮設住宅とかもこうやったら すぐに建てられるとかっていうものがやっぱり こう 知恵としてあと 経験としてあったという事ですもんね。

何か あれだけの被害があると気持ち的には「こういう事があって」ってこう 悲しい絵になってしまいそうな気がするんですけどやっぱ 笑いに変えられるっていうその人間力というか力強さっていうのは復興の早さにちょっと結び付きがあるような気がしますよね。 必ず 心のケア 例えば紛争地に行ってケガをしました「自分だけじゃない 被害者は」と思うから あんまり言えない。 確かに その被害に遭った方ってつらい思いを なかなか吐き出せる場所って… ねえ?みんなで体育館で暮らしてるとなかなか できない事なので。