日曜美術館「よみがえった国宝・名古屋城本丸御殿」

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この番組のまとめ

障壁画の復元模写に取り組んできたのは加藤純子さんを中心とする日本画家たちのチームです。 戦前 城郭建築の国宝第一号に指定されながら空襲で焼失した名古屋城本丸御殿。 京都の二条城 二の丸御殿と並び近世城郭御殿の最高傑作と言われました。 大きくて そして細部に至るまで本丸御殿の復元には伝統の匠の技が随所に生かされています。 飾金具の復元には 名古屋などの金具職人が挑みました。 さまざまな伝統の技を駆使して復元された本丸御殿。 さて 本丸御殿の最大の見どころは三代将軍 家光の上洛に合わせて造られた 上洛殿です。

上洛殿の豪華さを際立たせているのが部屋を取り囲むように並ぶ彫刻欄間です。 江戸時代から彫刻の里として知られる…彫刻欄間に挑んだのはその井波彫刻師たちでした。 上洛殿の彫刻欄間は井波で彫り上げられたあと京都で彩色されました。 明治時代には一時皇室の離宮になりましたが昭和5年 名古屋市に下げ渡され天守閣や本丸御殿などが本丸御殿も 建物の外観やそれぞれの部屋障壁画や彫刻欄間飾金具などがさまざまな角度から写真に収められたのです。

探幽の特徴が最もよく出ているのは上洛殿の襖絵…4面の襖に梅と竹と鳥が描かれています。 金砂子をまき散らした空間が広がっていますがこの余白こそ探幽の最大の特徴です。 伝統的な狩野派の図様構成を探幽は一変した というふうに探幽の祖父にあたる狩野永徳の花鳥図。 一番太い幹は画面の外に出てしまう という事で彼の場合には外に幹をのばす事によって梅の巨大さと生命感といったようなものを表そうというふうに思ったんだと思いますね。 本丸御殿障壁画の制作にも当初から携わってきました。