こころの時代~宗教・人生〜「山の人生 山の文学」

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この番組のまとめ

30年前 新築したこの家は 宇江さんが自ら近くの山で植林した木を切って筏師 船師 伐採 植林 炭焼きそれは 熊野の山中に受け継がれた生活技術や伝承を山中を往来した巡礼たち木地師やサンカの物語さらに 動物たちが登場する幻想怪異譚などそれらは 熊野の自然の中に育った宇江さんの心にあふれる豊かで無尽蔵な創作の世界です。

川一つ流すにしても熊野川の大きな川に流すまでは狩川という それはそういうことをする人が…。 サンカ… まあ サンカと巡礼を結び付けるのは創作ですけども 当時はカメツリといわれたサンカが熊野川にいたわけですね。 やっぱり 先ほど話したサンカの話木地師の話にしても単に人の話を聞くというんではなくて木地師もサンカも炭焼きも山の中に暮らして熊野川の上流を遡った……の山中。 熊野川流域の山中を転々と移動していました。

この四滝谷で暮らしていた頃宇江さんが母親の好子さんや姉 兄弟たちと写した記念写真。 晴れ着を着た宇江さんの手には縁日で買ってもらった当時 炭は軍需物資。 炭焼きの家族には特別配給も支給され生活は比較的 豊かだったといいます。 沖平の家から 宇江さんは田辺市の高校に入学します。 書物で 本は読むということと物書きに 非常にものを書くということに興味があったからそれを 炭焼き小屋でも夜 ランプを明かして本を読んだですね。

その触れようによって黄金色の色合いが微妙に変化するということもあって非常に神秘的というか美しい場面ですね。 そうですね あの… 炭焼き小屋でこれは窯出しのときもでないときもそうですけども炭焼き小屋に タヌキが来るんですよ。 だから そういう炭焼き小屋があったら必ずタヌキが寄ってくる。

この山小屋 今も残ってます。 これは果無ではないけど別の山小屋ですね。 山小屋で ランプや ろうそくの明かりで寝泊まりしたと。 僕は もともと炭焼き小屋 山小屋が自分の住みかやと思ってたから食事の用意をしてくれたり掃除をしてくれたりするわけやけどまあ 生野菜とか 生の魚とか肉とかは少なかったですね。 山小屋こそが 宇江さんにとって魂安らぐ住みかでした。 だから 山小屋でいても日々の仕事のこととか人間関係とか あるいは自然の様子とかを日記に書いたですね。

やっぱり 共感があったし社会的な そういう背景にも興味があったしまあ 彼らとの仕事とか会話も本に書いています。 宇江さん その山林労働のかたわらそうやって ものを書き続けてこられてそれで 60代に入ってからですねいわゆる熊野の悠久たる信仰自然の世界に入っていかれるような感じもあって。 えっとですね まあ普通 山の神は旧暦で言うと 11月 霜月炭焼きの窯があった近くの立派な大きな木を 山の神のよりしろとしてそれがやはり小説の世界に 宇江さんの…。