先人たちの底力 知恵泉「ヒールの言い分!時代劇定番の大悪人 松永久秀」

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この番組のまとめ

大名同士 そして その家臣や親族・兄弟の間でさえも名も無い家の出身ながら主君はおろか 将軍さえも思いのまま動かす権力を手にしたというまさに「下克上」の象徴的人物!あの織田信長をも裏切り追い詰められた果てに世の常識を覆していった信長さえもおののいたという久秀の「三大悪事」が後世に伝えられています。 ところが この10年で歴史研究は進み史上最悪の悪人と言われた久秀の全く新しい姿が見えてきました。

武将 松永久秀は 長いこと「主君殺し」の代名詞でもありました。 でもそれは 本当のことだったのでしょうか?松永久秀は 永正5年今の 大阪から兵庫にまたがる 摂津国の土豪の家に生まれたと考えられています。 摂津一帯を治めていた戦国武将 三好長慶の部下としてでした。 主の三好長慶は久秀より15歳年下ながら 才気かん発!実はすごい武将でした。 それは あの信長よりも20年も早く都一帯 いわゆる「天下」を室町幕府に代わって治めた「三好政権」とも言うべき画期的なものでした。

例えば 低い身分から はい上がった戦国大名 斎藤道三の一族は伝統ある守護大名の名である「一色」姓へ その名を変え室町の世の 家格秩序はこの時 厳然と機能していたのです。 その 伝統の名前のシステムを真っ向から否定してしまったのが三好長慶でした。 天理大学の天野さんは当時の一次史料を丁寧に読む中で長慶の息子が 3か月以上も 重い病を患って亡くなったことを突き止めました。 まあ それはですね やはり…松永久秀は 主君である長慶そして 三好家への忠誠を尽くし全然違うじゃないすか。

伊勢新九郎っていう初代が名前だったのが鎌倉時代以来の名門ですよね北条って名乗るわけなんですけど。 そうすると 面白いのは北条氏と上杉氏が戦うんですけど「長尾」って呼ぶんですよ 上杉のことを。 いえ でも分かんないですけど結局 我々は職業選択の自由があるからあこの人が面白いっていう人にその ふさわしい名前というのがちゃんとあるっていう。

で お母さんが かなり熱心な法華宗日宗の信者なので彼自身もそうなので キリシタンから見ると 異教徒なんですよね。 そうですね 私は すごく実は講談とか伝統芸能そのものにすごく敬意が そもそもあってで やっぱり敬意があるというのが伝わっている人がちょっと工夫して変えるっていうのと全く そういうものに興味がないのに勝手に変えるっていうのだとまさに 「型無し」か「型破り」かの違いだと思うんですよね。

大きく敵対していたのは 久秀と「三好三人衆」と呼ばれる家臣グループ。 足利義昭を擁して 都への上洛をたくらんでいた信長は朝廷にも人脈を持ち 能力に秀でた久秀に目をつけ味方にしようとしたのです。 実力ある者を 身分にこだわらず抜てきする斬新さ!強大な…信長は 三好三人衆を攻撃し久秀の窮地を救ってくれました。 この時…上洛を果たしたあとの信長は突然 手のひらを返したように久秀の領国大和の支配を久秀の長年のライバルあの筒井順慶に委ねようとしたのです。

なので ついついそれをその三好の影を何となく信長に求めたのかなというのはでも 実際は信長はもう 戦国時代の人というよりも更に先の… 行ってるようなリアリストだったっていうところですごく 松永久秀にとってはもう あんまり良くない最期ではあったとは思うんですけど。 講談師が悪いっていうことですか?とは言いませんが まあ江戸時代の主要なメディアとしてやっぱりそういう要素はあったと思いますよ。 江戸時代っていうと 身分制社会なので身分が固定化してくるんですよね。