先人たちの底力 知恵泉「丹下健三 前編・巨大プロジェクトを成功させるには」

戻る
【スポンサーリンク】

この番組のまとめ

どのようにしてここ一番といわれる大仕事を成功へと導くことができたのでしょうか?今回 丹下健三の知恵を読み解くのは…30歳の時には世界三大広告賞の一つといわれるフランスのカンヌライオンズのPR部門でブロンズ賞を受賞。 どのように丹下健三のことは思ってらっしゃるんですか?でも ほんとに その日本の象徴的な建造物をつくったってことはもちろんなんですけどその建造物があることが後の歴史とか社会に影響を与えたっていう意味で すごく…今日はですねこんなメニューを用意したんです。

実は 丹下健三 広島で青春時代を過ごしていたのです。 その美しいフォルムに感銘を受け建築家になることを決めた丹下健三は戦意高揚のため 昭和17年に政府が主催したコンペに参加した時の図案です。 建設する場所もその規模も 一切建築家に委ねるという募集要項に対し丹下は コンクリートで出来た伊勢神宮風の主殿とそれを取り巻く多くの柱が並ぶ回廊を描き応募しました。

ちょっと あのPRのことを考えると世界中に自分のコンセプトを伝えていくことが非常にたけた人でそれに すごく強い影響を受けたのでまず それができたこと。 要するに その平和記念公園をつくってくれと言われてる敷地はその川のこちら側にあってで 向こう側に ある種 あの世というか亡くなった人々を思い起こさせるような何かがあると。

そうした中 丹下は「これからの民主主義の時代にふさわしい庁舎は市民を主役にしたものだ」と考えしかし 建設予定地には大きな広場をとるだけの敷地がなかったことから道路に面した建物の1階部分を柱だけにするピロティ形式を採用。 この丹下の考えの集大成の一つに1964年竣工の国立代々木競技場 第一体育館があります。

演者さんも観客もハイテンションになれる場所というのはやはり代々木というのは すごい…。