墓も まさに中尾流。 生まれ故郷の…長年暮らし 家族の思い出が詰まった…暮らす人の大らかな人柄に引きつけられた…訪ねた先は 中尾さんが通っていた木更津高校。 中尾さんは当時 3つも部活に入っていました。 この走り幅跳びの青年が陸上部の中尾さんです。 まず後輩部員に 中尾さんのことを聞いてみると…。 どうでした?この絵は 創立100周年の記念に中尾さんが寄贈しました。 58年前 高校の美術部で中尾さんと絵を描いていました。 その時の中尾さんの作品を鈴木さんが保管していました。
中尾イズムが あふれる今日のスタジオなんですが中尾さんといいますと「食通」という側面も皆さん ご存じかと思います。 その下町でも 中尾出没率が高い場所を探りました。 実は この店 41年前 池波志乃さんが結婚前に 婚約者・中尾さんを連れ訪れたというのです。 実は毎月24日 この商店街で行われる縁日の日を盛り上げようと地元で親しまれている延命地蔵をモチーフに下町に暮らし 好きなもの 好きな場所好きな人と徹底的につきあい楽しい日々を送る。
だけど でも今日 拝見させて頂いて非常に地域の方とか お世話になったところの方々たちに ご恩返しさっきの校歌も そうですけれども皆様に だって金賞を取った絵をね20年ほど前からは沖縄とのつながりもあると。 そんな中尾さんは ご家庭ではどんなご様子なんでしょうか?今の感じが一番普通ですかね。 中尾さん夫婦が長年住んでいた下町・谷中。 こちらの長久院にあるのがちょっと変わった中尾さんの生前墓。 中尾さんにかかれば 終活も遊びが大切。 中尾さん夫婦は去年 終活を開始。
墓も遊ぶ中尾さんですが終活は 本当に必要な物を発見することでもあると指摘します。 何か やっぱり中尾さんのお優しさというかねおうちだったり ご夫婦だったり 祖先ご先祖様だったり ご両親だったり3つの石に それぞれの思いがあってというのが 何か こうご縁を大切にするという。 あの「無」というのはどういう意味を?「無」はねいろんな意味でとれますけどね逆に無だからこそあったってことでしょう?さっきの文章にも入ってた 最後には結局「面白くない」とか「面白い」。