先人たちの底力 知恵泉▽真田一族のブランド力 つくりだす哲学 真田昌幸・信繁

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この番組のまとめ

実はね こちらの山口さんはこのジュートを使ってバングラデシュ発信のブランドバッグをつくってらっしゃるんですよ。 ブランド? ブランドバッグって…イタリアとかフランスであるようなそれを これでバングラデシュで?で つくってる。

何か その人じゃなければならないとかこれでなければならないみたいなほかには代えがないみたいなねそういったブランドをバングラデシュでもつくれると思われたんですか?確かにブランドって言うとヨーロッパとか先進国のにおいがすごくする言葉なんですけどその個性っていう言葉だとしたらバングラデシュの個性って強烈で何か すごくワイルドで力強い感じっていうのは日本には 私 感じたことなかったし現地にしかない職人さんも絶対いるので安いものだけじゃないってすごく思いました。

というのも 秀忠軍を足止めし関ヶ原の戦いに参加させなければ西軍勝利の時は昌幸は 信濃一国の大大名となり実は昌幸が上田城で徳川を相手に戦ったのはこれが初めてではなかったのです。 想像以上の敗北に家康は上田城攻略を諦め兵を引き揚げたのです。 この経験が15年後 昌幸に秀忠軍を相手に上田城で戦うことを決断させたのでした。

でもね 今度は商品をつくるという戦いが終わりますと今度は売るっていうね 戦いの現場に移っていくのかなと思うんですけれどもどうなんですか?バングラデシュ製っていうものは最初は どういう反応だったんですか?最初に言われたのは「バングラデシュは どこですか?」とか「ジュートって何ですか?」とかまあ その中にはメード イン バングラデシュってきちんと刻印してあったんですけどそれ ちょっとイメージ悪いから取った方がいいよっていう方も何件かいたんですけれどもでも やっぱり それ以上に「何か このチャレンジ面白いね」っ

信繁の思惑どおり徳川方は 孤立した真田丸に攻撃を集中。 これにより負けた徳川方の将兵はもちろんそれまで信繁の実力を疑問視していた大坂方の人間も父 昌幸以上ではないかと評判を呼び…戦況が一変します。 武士の忠君に脚光が当たると秀頼に殉じた真田信繁の忠義が見直されるようになり以後 真田の名は現在に続く人気ブランドになったのです。