こころの時代~宗教・人生〜 禅の知恵に学ぶ5「いのちをいただく―典座・托鉢」

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この番組のまとめ

朝課のあとに韋駄天典座のところにある典座を守る神様が祀ってあるわけですね韋将軍とか韋駄天といいます。 仏教というのは仏陀 お釈迦様がですねヒンズー教のあとに基本を作られたわけですが仏教の発祥の地 インドにおいてですねヒンズーの神… まあヒンズー教が先にあったわけですがインドにある そういう神々をですね阻害するのではなくて 受け入れて韋将軍というんですかね韋駄天さんも自然に取り入れられてきたわけでしょうが特に 食べ物を集めるには外を走り回らなきゃなりませんね。

基本的に食べ物も ここは食べないよでも ここはいただくというのが食べ物が それまでとは 学生時代とはガラッと変わりましたので日常の食事は ほんとに自分にとっては粗食に見えましたよね。 一番感じたのは カルシウム不足でしたね。 ほんとに虫歯になると治療もできませんのでねだから現実問題でカルシウムがないというのは 大きな問題だと一瞬思った一瞬というか 自分の頭の中では思ってたわけですわ。

一番修行年数がたっている者が一番先頭を歩きます。 その次の者これ 二番引手っていうんですがそれが 一番下に 大体立つんですよ。 一般の道場では 連鉢という言葉を使うんですが 連なっていく托鉢ですね。 それで その家のところで要するに 門戸のとことかあるいは 玄関のところで「こんにちは 伊深正眼寺仏餉の志をお願い申します」と言って大きな声で 声かけるわけです。 こ~んにちは〜 伊深正眼寺仏餉の志をお願い申〜します。 …に 托鉢禁止令というのが政府から出たんですよ。

托鉢の場合は現実に素足で歩いてますのでね真冬など 素足で歩いていると そんなこの寒い時にね 足袋でも履いていやいや 我々はこうですというふうに答えるしかないんですが現実に 私の体験でね雪の日でも雨の日でも 風の日でも晴れの日でも 托鉢には出ます。 全体が ある程度の温度になる体全体が 表面が冷たくなってくるとその中 血液が流れるようになるんですよ。 アンバランスなもんだから血液 流れなくなるんだけど全体が同じような温度になると流れていくっていうのを体験してますね。

ガリガリガリガリ… っと。 殻は残ってたなって言うともちろん 当たり前だっていう話になってじゃあ なぜ私がねこう ガリガリガリってやってる時に私を止めなかったんだって言ったんですよ。 典座さんっていうのは僧堂においては大事な役目でしてつまり世間から喜捨していただいたいのちをですねこれは大事な役目でもあるしまた そういうことも よく分かっている者能力のある者でなければ できませんよね。

だから 私は年寄りだとか 若いもんだとか外国人だとか 全部なくなって3年もんだとか1年もんだとかそういうの全部外れて米という自覚のもとで炊くもんだから炊けるんです。 和文ですので 分かりやすいですがこれ まあ道元禅師が日本に持ち帰られた食事法の一つらしいんですがね。