その上 三味線のバチさばきが大層 優れているというんでまあ えらい評判の女師匠でございます。 この豊志賀という人は ふだんから「私はね 男は大嫌い」と言うんで男嫌いという。 これは 弟子の了見にしてみるってえと「あの師匠は 何だってね男を嫌いだってね。 で 新吉は2階に上がって布団にくるまって寝たんでございます。 豊志賀は 下で布団に入って腹んばいになりまして長い羅宇のキセル これで こうたばこを吸っておりましたが…。 お前 布団担いで下りておいで。 一緒の布団で寝ようじゃないか」。
新吉は 自分の布団を師匠の布団の上へかけて恐る恐る布団に入って 背中合わせ。 あの豊志賀さんという人堅いというからねいいと思って娘をあげたんですがねこれでまあ だ~れも来なくなればよかったんですがただ1人お稽古にやって来る娘があります。 これは 谷中七面前に 羽生屋という大きな荒物屋がありましてここの一人娘で お久という年が18 小町娘でございまして「いいんですよ。 大体 女性の年齢の感覚が当時と今と もう大層違っておりましてその当時は 16 17 18というのは娘盛り。
「お師匠さん 薬ができたよ。 「お師匠さん だいぶ 腫れが引いた」。 「え~? そんなこと言うわけはないや…あっ あれはね お師匠さん 違うんだ。 今 ちょうど師匠がね目を覚ましてるところ。 「お師匠さん あの…お加減は いかがでございます?」。 「煎豆腐?私に持ってきたんじゃないんだろ?新吉に持ってきたんだろ?お久 お前は薄情だよ。 「何を言うんだね 師匠。 「あの… 私がおりますと師匠の体に障りますからこれで あの おいとまいたします。 にいさんお師匠さんのこと お願いします」。
行灯の薄暗い明かりでもって片目が紫色に腫れ上がって髪の毛は抜け落ちて骨と皮になった豊志賀が 「こんな顔」。 明日 伯父さんのとこに相談に行こう」と次の日の暮れ方でございます。 薬が効いて 豊志賀がスヤスヤ寝ておりますから「ああ 今のうちに」ってんで裏から そ~っと表へ出まして。 いや 今ね 師匠が よく寝てるんでね伯父さんとこにちょっと用があって行こうと思って。 あそこにお寿司屋さんがありますからね一緒に来ちゃもらえませんかね?」。 「一緒に行こうじゃありませんか」。 近くの蓮見寿司。
変なことを言うなあと思って顔を見るってえと小町娘とは打って変わりまして片目 紫色に腫れ上がって髪の毛は抜け落ちて骨と皮になった豊志賀そのまんまスッと寄ってきたんで新吉は驚いた。 師匠がな 目を覚ましたらおめえがいねえんだ。 「師匠が奥で待ってるよ」。 「師匠が? あの病人が?来るわけありません」。 あの病人が奥に…じゃあ 寿司屋の2階は何です?」。 「お師匠さん… すみません。 「お師匠さん お師匠さん泣いちゃおかしいよ。 おめえ これからな一生懸命になって師匠の看病するんだ。
出刃包丁で喉を突いてあえない最期でございます。 新吉が持つ女房は7人までも取り殺す」という嫌な書き置きがあったもんでございましてこれを見られちゃいけないと思うから棺に納めてで まあ 野辺の送りを済ませました。 新吉は もう怖いと思うので七日 七日 墓参りをしておりましてちょうど三十五日。 羽生村へ 今日 これから行くんです」。 翌朝早く 宿を出ればよかったんですがそこは若い者同士下総国 岡田郡 羽生村の入り口2人が 手に手を取って水門前 駆け抜けようとするとお久が それへ ばったり倒れて…。