ETV特集・選「忘れられた“ひろしま”~8万8千人が演じた“あの日”〜」

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この番組のまとめ

♪~映画の名は…あの日 原爆が落とされた街で何が起きていたのか。 映画「ひろしま」はベルリン国際映画祭で入賞国際的な評価を受けた。 子どものためを思うなら ここを逃げて!よしこ!よしこ~!全編104分のうちこうした原爆投下直後の惨劇が映画雑誌の編集部に入ったばっかりでしたけどね愕然としましたね この映画見た時にね。 狂ったように 妻子の名を呼びまわる男映画「ひろしま」が製作される出発点となった中村の思いを記録した映像が今回の取材で発掘された。 映画の製作費は 全国の教師たちから1人50円でカンパを募った。

主演を務めたのは 当時絶大な人気を誇った 松竹の看板女優…もう 決まりだったんですね。 沼井さんは 原爆投下3日後に行方不明の親戚を捜して広島市内に入り 被爆した。 撮影が行われたのは「原爆の子」の手記につづったあの比治山だった。 だから それを現実に…そこに 撮影の時には実際の死体があるわけじゃないんですけれどもやっぱり もう あるような幻想みたいな感じがね湧き起こってくるというかトラウマみたいになってて比治山にのぼっていく途中とか防空ごうに逃げ込んだ時とかその辺が一番たくさんの死体を見ましたので。

そんな中政府から強い圧力を受けていたのが映画を製作した日本教職員組合 日教組だった。 組合活動であるとかですね左翼的な運動っていうのは警戒心をもって迎えられましたしほんの数年前まではそういった行動っていうのがですね厳しく断罪されていた時代ですから映画会社を断罪して済む問題でもない。 むしろ 正しいことをしてるっていう子ども心に自負心があるから田邊さんは次第に 自分の純粋な思いがイデオロギーの対立や政治活動に利用されたと思うようになった。

被爆者たちの思いが詰まった映画「ひろしま」の貴重なフィルムはこれはもう世界に類のないことでありねこれは広島の宝であり 日本の宝であり世界の宝であると。 再上映活動を通じて開さんが目指すのは若い世代に少しでも原爆について知ってもらうことだ。 伊地知さんは 北米での上映とフィルムをデジタル化するスポンサー探しを申し出た。 世界中の良質なクラシック映画を北米に配信する専門チャンネル。 映画は 北米やヨーロッパ アジアなど世界10か国で上映され原爆投下から74年。