古典芸能への招待 歌舞伎「菅原伝授手習鑑・道明寺」

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この番組のまとめ

十一代目の仁左衛門さんという戦前の大名優がやはり これを 大変得意にしてらしたと伺いますけれどもご子息の十三代目さんもこれを 大変大事にされて特に 昭和56年に国立劇場で 勤めた時は緑内障が少し進んでしまって ほとんど目が見えなくなってしまわれた中で心眼 心の目で演じられたというふうに伝えられる大変な評判をとった お役になりましてそこから 最晩年の栄誉に包まれた芸域を開いていかれたんですね。

父上様にお目にかかりせめて 不幸の申訳親王さまの御事は猶しも忘れぬ 得忘れぬ悲しいは 道理道理さりながら 丞相様に逢われぬとて短気な事など かんまえて思い出しても下さんすな。 お慈悲お慈悲とばかりにて 泣くより外の事ぞなき 菅丞相は見え給わず 逗留の中作られし兎角に不孝な自らゆえお逢いなされて下されぬか。 言いつけし人数の装束菅丞相を迎いの張り輿 家来共先へ帰し 挟み箱引抱え親人 首尾は。

鳴くなと申すに 入りにける 銚子 土器 熨斗 昆布 腰元どもに島台持たせ 伯母御座敷へ出で給い帰洛を松の この島台行末祝う熨斗昆布。 互いに尽きぬおん立ちの刻限とて早や門前まで迎いの官人判官代輝国は路次の用心辻固め只今これへ参上。 提灯てんでに若党仲間 幾人あっても行き届かぬ 花壇築山手分けして 尋ぬる奥の池の端 芝に溜った生血を見つけ待て 待て 待て待て待て一番待って貰おうかい。

やや時うつれば判官輝国 素袍のそでも たおやかにおん迎いの刻限御用意よくば 早や御立ち。 これは迷惑 丞相を受取りながらさんげさんげ六根清浄木で造った菅丞相持って帰って どう丞相 木像であったかい なおも証拠を見届けんと 開くる戸の 輿に召したは 木像ならぬ優美の姿 菅丞相 警固はぎょっと呆れ顔 覚寿も違いし心当て連れて帰って見たは木像摺りかえられたと気がついて と立寄る覚寿ヤア合点のいかぬ此の家の内それ家来共 さがせさがせ。