こころの時代~宗教・人生〜「水俣 いのちの海のただなかで」

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この番組のまとめ

♪~深く入り込んだリアス式海岸と天草の島々に囲まれた変化に富んだ海岸線のためその総延長は 外界の海岸線より長いのである。 明治の初め 網元の一族緒方家がこの地に根を下ろしました。 緒方家の当主 緒方福松さんが原因不明の病に倒れました。 当時 水俣を覆った原因不明の病はその生活を激変させました。 その原因はチッソの工場排水に含まれる25年以上にわたり海に垂れ流し続けていたのです。 福松さんは激しい症状を示す劇症型の水俣病。

母親の胎内で水銀の被害を受けて生まれた妹をはじめ「緒方家には近寄るな」「緒方家の漁でとった魚を買うな」という市場のそういった発言などもあったそうです。 そんな時に 大人の人たちが…胸張って生きることが 当時そして 二十歳まで治療を私して社会復帰を始めた時に建具屋職人として修業に入ったんです 私は。 なぜ 水俣病事件を…その他の薬害事件も そうだけれどもいっぱいあった薬害事件も…。 家族にも水俣病の被害を隠し続けていた…娘は迷わず 「学校の先生になりたい」と言ったそうです。

他の生き物を無視して 経済成長を遂げ環境破壊を繰り返してきたことを思えば私たちのこれからを考える上でもこれまでと これからを考える上でも他の生き物の存在を問いの中に入れておかないと人間中心主義の社会は滅びざるをえないですよ。 戦後 日本の重化学工業中心の経済成長を支えた チッソ。 産業文明の毒水は海の生き物から人間までも なんと数多の生き物たちを毒殺したのか。

認定申請を行う中で 正実さんは行政の人々に 自ら筆を執った手紙を送り続けました。 私は 熊本県知事であるですから 私は更に 人間は正直に生きるということの大切さを「緒方正実さんですね?」って。 で 対面した部長 そのあと1年か2年か 社長もやったんだけど能「不知火」は主人公の不知火とその弟が犠牲になった数多の命への鎮魂の祈り。 なんか 市民が集う憩いの場みたいなふうに見えるんだけど私はね 水俣病っていう言葉の中にどういう意味合いが含まれているかっていうと近代文明社会の病んだ姿としてあるんです。