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この番組のまとめ

水曜日深夜、中国・天津市の港にある、危険物を保管する倉庫で起きた 大爆発。 中国メディアは、倉庫に保管されていた硝酸化合 物が、主な爆発物だった可能性がある との見方を伝えたほか、消防隊員が、火曜日の九州電力川内原発。 福島第一原発の事故後、新しい規制基準の下、全国で初めての再稼働となった。 安全を最優先としながら、原子力規制委員会による基準を クリアした原発については、再稼働を進めていく方針の政府。

今週木曜日の深夜、大阪府 高槻市の駐車場で、両手を粘着テープで縛られた女 性の遺体が見つかった事件で、女性の年齢は、8歳から15歳ぐらいと見られ ることが分かりました。 13日午後11時半ごろ、大阪府高槻市番田にある物流セ ンターの駐車場に、両手を粘着テープで後ろ手に縛 られた女性の遺体があるのが見つかりました。

昭和史研究の第一人者、ているように、戦争というのは 始めるのは簡単だけど終結させるのはいかに大 変かっていう、その苦労の部分ですね、それとやはり、今の時 代にあっては、どうしても昭和天皇の姿というのは、事に、映画のウィキペディアなんか読 むとかなりねじ曲げられた描写が多いんですね。

きのう、政府が閣議決定した戦後70年の安倍総理談話。 植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけ、アジア諸国の人々に対して、多大の損害と苦痛を与えた。 植民地支配、侵略、反省、おわび。 侵略、植民地支配というキーワードは 使われたものの、過去の談話とは違って、主語は 示されていない。 植民地支配、あるいは侵略、痛切な反省、心からのおわび、そういった表現は、いずれも引用という形で述べら れている。 未来志向を強調した、安倍総理の戦後70年談話。

こうしたことを日中関係に詳し い北京大学の教授に聞きますと、教授は談話 の内容を見て、国際社会に対し侵略や植民地支配に言及したう え、さあ、この談話、今後の日中関 係に、どんな影響を及ぼしそうですか?中国のある日中関係の専門 家は、今回の談話に十分な評価を与え るわけにはいかないが、日中関係に悪影響を与えるほど、マイナスではないと分析してい ます。

監督、いかがですか?なんか、日本のいちばん長い日で出して るいつまでも結論出せない、文言にこだわってる閣僚たちの 会議っていうのは、あれも連想しましたけれども、 やはり僕一番これ、聞いてて怖いなと思ったのは、日露戦争まで出しちゃったのか ということですね。 日露戦争の場合、これ、グッドウォーとして書かれてる んですね。 だから戦争に、グッドウォーとバッドウォーが あるという考えの見え隠れしてるんですね。 これ、どこかで今のやり方をリセットして、日露戦争に当たる ものをもう一回起こして。

ご覧いただいているのは、日本道路交通情報センターによ りますと、全国の高速道路の混雑のピークは、きょう午後からになる見通しで す。 さあ、その安全運転ということでいう と、時々高速道路運転してると、休まなきゃいけません。 高速道路のパーキングエリアが、今、人気を集めているというこ とで、きょうはある所に行っています。 東北自動車道の埼玉県にあ る羽生パーキングエリア上り線に来ています。 ここ、羽生パーキングエリアは、鬼平犯科帳という物語の世界を 再現した、江戸の町並みになっているんです。

東名高速道路では、刈谷サービ スエリアに遊園地があったり、足柄サービスエリアは、人気ア ニメとコラボしたり。 午後1時現在、東日本の高速道路で一番売れて いるのが、ここ、羽生パーキングエリアにある、お好み鯛焼き。 きのう、来ている方にお話を伺うとこのパーキングエリアへ来 ることを目的にして、家を出てきたという方も結構い たんです。

日本経済に恩恵をもたらしてき た爆買いもピンチに?中国国内の輸出企業にとっては 元が安くなることで、売上増加が期待できる。 実は日本と違い、中国の人 民元は、ドルに対して目安となる為替レ ートの基準値が毎日決められ、取り引きされている。 現代中国研究家で、特に中国経 済に詳しい、津上俊哉さんです。

むしろ今後、そういう自由化した為替レートということを経済 がどんどん減速してね、バッドニュースも多くなる中で、その 公約をちゃんと守っていけるのかしらと。

五郎さんの一番のメインの質問のポイントは、中国経済、 大丈夫なのかと、そこなんだと思うんですが。 もうちょっとやっぱり、過去5年間の通貨バブル、投資 バブルというのが終わった時代なので、どこの市場経済でもしばらくの 何年かは布団かぶって寝てるしかないような、そういう時期な んですね。 湯川さんのお兄さんは、アメリカ文化を愛しながらも出 征し、激戦地だったフィリピンで、アメリカ軍との戦いで戦死 されています。 自由なアメリカ文化に憧れなが らも、戦争で命を散らした一人の青年 の思いとは。

当時、拓殖大学に通う大学生。 本格的につける日記は、これが 初めてである。 日記が書かれた昭和14年。 もっと戦況が激しくなった り、一方で日記に多く割かれている のは。 また親戚には山本五十六がいる という、軍人の家系。 何度も徴兵延期届を出していた。 そして日記は、僅か5か月足らずで突然終わる。 音楽評論家、湯川れい子。 反戦的、反軍的なところも多々あるが、 芸術味豊かで、大変おもしろかった。 昭和14年、兄は連日、映画を見てはその評論を日記に 記していたのだ。 拓殖大学。

僕の祖父もフィリピンで戦 死しているんですけれども、そして僕自身は、アメリカの映 画でデビューさせていただいて、お兄様、本当に愛すべきアメリカの文化 に向かっていかなきゃいけない兵士として向かっていかなきゃ いけないという思いは、本当につらかっただろうと思うし、運命っていうのを、自分で選べ ない時代で、人に委ねなきゃいけないってい う、積極的平和主義というものが、そうなら ないでほしいなと僕は思います。