真相報道バンキシャ!桝太一&後呂有紗が1週間の出来事を詳しく

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この番組のまとめ

まずは、山梨県道志村の山中で、当時7歳の小倉美咲さんが行方不明になってからおよそ2年8か月。 きのう、警察は捜索で見つかっていた肩甲骨のDNA型が、美咲さんのものと一致したと発表しました。 きょう、バンキシャは山梨県道志村へ。 警察は司法解剖の結果、肩甲骨は生命維持に欠かせない部位の骨で、ともに発見されていた。 バンキシャは行方不明の2、3日後から捜索していたという人に話を聞いた。 あすは沖縄で梅雨空となるほか、西日本や東日本も雲が広がり、関東では昼過ぎまで雨が続くでしょう。

きのう、東京・浅草で、バンキシャが取材すると。 あー!日本に住むフィリピン人に参加してもらい、静岡の魅力を、フィリピンに向けて発信してもらうねらいだ。 フィリピン人にはなじみの薄い、こちら、浜名湖産のうな重。 雨が降り、ムシムシした暑さであっても、ほとんどの生徒はマスクを着けたままだった。 バンキシャは去年、この学校のダンス部を取材。 先生のお話で、なんかみんなが意識がちょっと変わったっていうか、本当に苦しくなったときとか、きのう、バンキシャは、都内のランナーが集まる所へ。

こちらの野球部では、鹿児島県で感染者が減り始めた2月ごろから、マスクを外すようになったという。 つまり、誰かのためにマスクを着けているわけで、でも、ここまで社会が、世界中が正常化している中で、まだマスクを着けなきゃいけないのかって、本当そろそろ議論すべきだなって思うんですね。

沖縄と東京をオンラインで結んだ記念式典が開かれ、沖縄会場には、岸田総理大臣や沖縄県の玉城知事が出席しました。 一方、玉城知事は、沖縄は50年たっても過重なアメリカ軍基地の負担を強いられ続けていると訴え、政府の取り組みを求めました。 また天皇皇后両陛下もオンラインで出席し、天皇陛下は、沖縄には今なおさまざまな課題が残されていますと述べられたうえで。 世界で最も危険な基地といわれる普天間基地のすぐそばで少年時代を過ごしたryuchellさんと一緒に沖縄を取材しました。

18年前、普天間基地の横にある沖縄国際大学に米軍のヘリが墜落。 当時小学生だったryuchellさんは、事故の瞬間を目撃したという。 この街で育ったryuchellさん。 お父さん、お母さんによく来てもらって、きょうはryuchellが帰ってくるから、とか言って買っていきますね。 これ、スタンプ押されてるんアメリカだった過去もありな統治下を生きた人たちは、復帰50年をどう感じているのか。 アメリカ統治下の下就いたのは、米軍基地での仕事だった。

戦争体験して、基地で仕事として兵器を作ることに葛藤はなかったですか?当時は、最初は感じなかったね。 人権の保障や生活の向上など、当時の人々は、沖縄の未来を復帰それに伴い米軍クラブは次々と閉鎖。 基地が閉鎖されて、生活は、どう変化されたんですか?当時、もらっていた給料の約半分、8名家族で、8名家族で大変厳しかったです。 復帰はしたんですがね、結局、…本土並み復帰ということで唱えてやったんですが、結局、復帰しても基地はそんなには減ってないんです。

だけど、やっぱり僕自身もね、何もしてないのかといったらそうではなくて、基地の状況を変えていくには、日本全体がしっかり見つめていかないといけないですし、世の中全体も、核を持たないだったりとか、そういうふうに大きく変わっていかないといけないなと、すごく思いますね。