書道もやってらっしゃるんですか?書道はですね40代まではそこで着物のヘアメイク技術が高く評価されどんだけ~!タレントとしても美容家としても常に全力のIKKOさん。 本に出てるIKKOさん。 では今IKKOさんの記憶の中で輝いている曲は?あっそうなんですよ。 荒井由実さん。 荒井由実さん。 荒井由実さんのあの~「海を見ていた午後」っていうね。 小学校もう3年生ぐらいから私料理してたんです。
それでなんかうん…ちょっと病院に行って注射打ってもらえぐらいの勢いでそれ言われてそれであの…だけどねあまりにもおかまおかまっていうこの言葉がもうグイグイ胸をえぐるように嫌でね。 もうねあの~スチュワーデスになれないってキャビンアテンダントになれないって…。 それであの~当時ねあの~理事長にね…学校の理事長に当時は1年生だったのでインターンは絶対私東京出たいって言ったんです。 元町の「髪結処サワイイ」っていう美容室。
いやでもその時の厳しい教育が今のIKKOさんの心遣いの原点なんですね。 今日のゲストは美容家のIKKOさん。 着物のヘアメイクが高く評価され数々の女優との仕事が増えてきたといいます。 女優さんたちが当時の雑誌はみんな今のカタログみたいな感じじゃなくて風情っぽくて映画のワンシーンを見てるようだったんですよページがすべて。 だけど当時カメラマンの杵島先生っていう大先生が後ろが。 ほかにもだってIKKOさんの作品が…。 でだからIKKO流っていうか。 独特のIKKOさんしかできない髪形っていうのが…。
あの~タレントさんたちをキレイにさせるっていう感じのものだったんですよね。 テレビの仕事は始めてみたらどうだったんですか?つまりメイクをやるっていうだけじゃなくてだんだんだんだんこうタレントさんになってったっていうの?あのねそういう感覚はなかったんですけどあの~メイクの時ってすごくストイックになる私がいて。 キレイにメイクボックスの中がなってないとかそういう…今出なきゃいけない時にティッシュが出ないとかすごいキイッとなっちゃって。
もう喪失感はやっぱり絶対…私50過ぎていろいろこれからあると思いますけどあの~絶対喪失感に負けないように生きていこうと思ってるんです。 もうお姉様だけじゃなくてご家族はIKKOさんの活躍を認めてくださったんですか?ずっと下向いてるんですよね。 それであの…お通夜の時の死化粧はまだちょっと柔らかかったので。 だけど看護婦さんたちにね看護師さんたちにあの…IKKOっていううちのあの…娘とは言わないですけど。