ドラフト緊急生特番!お母さんありがとう

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この番組のまとめ

上地君ですけど、平成の怪物といわれている松坂君と高校時代にバッテリーを組んで本人もプロ野球を目指していたと伺いました。 プロ野球選手になるという夢をかなえるためひたむきに野球を続けてきました。 東洋大学キャプテン、中川圭太。 平成8年、大阪で生まれた圭太は親子3人、幸せな家庭で育ちましたところが、4歳のとき…悪いな、行くわ。 やがて小学1年生になった圭太は、地元の野球チームに入団。 そして圭太、13歳の誕生日。 家にお金がないことを知っていた圭太は…圭太、あんた、プロ野球選手になりたいんやな。

圭太に気づかれへんように、夢を抱いて進学したPL学園が不祥事のため、廃部の危機に。 果たして指名はあったんでしょうか?6巡目の入札が終わりましたが東洋大学の中川圭太選手の名前はここまでまだ呼ばれていません。 東洋大学・中川圭太、名前が呼ばれました。 東洋大・中川選手はオリックスに7位で指名されました。 よかった、本当にお母さんの13年間の中川選手と中継が?こちら、東洋大学です。

しかし、母のある一言が甲子園での活躍でプロ入りへの思いが強まった吉田輝星。 プロ志望届の提出まで、あと7日学校で行われた最後の家族会議。 校長先生、ありがとうございますありがとうございます。 夢を選んだ甲子園の一番星に甲子園も含めて、その前の予選からうちの人間がすごく注目をして僕にも報告をもらっていました。 ですからいろいろと考えられたと思いますが、僕、本人が本当によく言ったと思うそして、校長先生、いや~、あの言葉で涙が来ましたね。

渡辺校長先生にお伺いしたいんですが、今もご覧になっていただいたと思いますけど最後の吉田選手の決断というのは、ちょっと控えめな感じの、申し訳なさそうな話し方をしていたのでここは頑張ってもらいたいなという形で私がまず、どんな立場にも立つので頑張ってほしいと伝えました。

藤浪に投げ勝った平尾は…甲子園を8度制した名門、大阪桐蔭高校。 なあ、平尾、俺は絶対甲子園で優勝してドラフト1位でプロに行く。 現実を受け止め切れない母、佳子さんに対し、息子は…もちろん治療も頑張る、でも、高校野球だけは最後までやりたい。

ホンダ鈴鹿の平尾選手、指名はあったんでしょうか。 平尾選手は残念ながら指名はありませんでした。 平尾選手にかかわらず、とはいえ息子の夢は奪いたくない、だから、それだけ本当に野球に対して思いが本当に入っていた、それを知っているお母さんだからこそ何とかしたいというね。 それでは、ホンダ鈴鹿に平尾選手いらっしゃいます。 こちらホンダ鈴鹿、平尾選手にお越しいただきました。

プロ野球選手になりたい。 元智!?元智、お前、こんなところで何をやってるんだ!偶然の再会、横浜高校野球部の恩師だった。 ケガのため、プロ野球選手になるという夢を絶たれ甲子園に行くには、どこよりも練習するしかない。 その後も元智は日本各地で有望な選手をスカウトし続けた。 ナイスバッティング!おっちゃんと一緒に野球しよう、甲子園へ連れてってやる。 どれほど苦しくとも夫婦は二人三脚で甲子園という夢を追いかけた。 監督就任から5年、元智はセンバツ初出場、初優勝という奇跡を起こした。

平成9年には、今夜、運命のドラフトを迎える佳明を出産。 自分が父となり、野球で佳明を育てよう。 選手寮で育った元美は幼い佳明を寮で育てることに。 佳明の遊び相手は寮で暮らす高校球児たち。 元智は懸命に佳明に野球を教えた。 佳明は、地元で注目される選手へと成長。 行きたい高校は、1つしかなかった今夜運命のドラフトを迎える渡辺佳明。 元智の言葉は佳明の心に火をつけた。 佳明は人一倍の努力を重ね、1年生から試合に出場。

明治大学、渡辺佳明きました。 明治の渡辺佳明、東北楽天6巡目の指名が入りました。 明治大学の渡辺佳明選手です。 今こうしてご家族がつないできた横浜高校の野球、小さい頃からプロ野球に行きたいという気持ちが強かったので実現できて、よかったなと思いますご家族にどんな思いを伝えたいですか?やったぞって伝えたいです。 家族へ、おばあちゃん、小さいころ、一番一緒にいる時間が多くて今まで一番の誕生日プレゼントになる報告ができてよかったと思います。

高校卒業後、秀政は天理大学で野球に打ち込んだ。 秀政に野球に集中してほしいから。 あなた、お願い、こんな病気大丈夫なんだから、ね?母は秀政に心配させまいと足を切ったことさえ隠そうとした。 心配させたくない、そう願う母の笑顔を信じて秀政は野球に打ち込んだ。 今年2月…銀行の通帳はテレビの横の戸棚の奥で暗証番号は…秀政が野球部の合宿に行く準備をしていた、そのとき…父さん? どうしたの?えっ…。