新説!所JAPAN【実は信長は本能寺から消えていた?京都ミステリー解明SP】

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この番組のまとめ

今夜の「所JAPAN」は…日本が世界に誇る1200年の都京都を舞台にガイドブックには載っていない京都の歴史とグルメのミステリーに迫る1時間。 続け~!おお~!日本人が大好きな織田信長。 1582年に起きた歴史的大事件本能寺の変。 最も愛されるヒーローといっても過言ではない織田信長は家臣明智光秀に襲われ京都本能寺で生涯を閉じた。 天下人を殺したんだから周りの豪族だとか戦国大名だとか天皇だとかそういうのに得たいんだけど信長が生きてるかもしれないとなると誰一人味方しないわけですよ。

この神社は明治2年に織田信長が天下統一を目指した事をたたえ明治天皇の命により創建されました。 そしてこの神社に更に京都ツウが薦める信長の遺体とともに本能寺から消えた義元左文字とは一体何?実は若き信長に立ちはだかった戦国武将今川義元の持ち物であの桶狭間の合戦の勝利の証しとして信長が義元からぶんどったものといわれています。 現在は重要文化財として京都国立博物館に預けられていますがここ建勲神社には義元左文字が本物を見るよりよくわかるというあるものが奉納されています。 義元左文字の。

まだ桶狭間の合戦の時には織田信長は尾張守になっていない。 秀吉は信長の正統な後継者だとアピールするためにこの刀を利用したのでは?と磯田先生は読み解きました。 いよいよ30年来の悲願信長遺体消失ミステリーの本丸へ。 え~っ!本能寺で襲い来る明智軍に弓と槍で応戦したと伝えられる信長。 信長が天下を目指す一方で驚く事にここ阿弥陀寺には彼が本能寺の変で知られざる活躍をしていた事を克明に記した古文書が今に伝わっているんです。 清玉上人は兄信長がいる燃え盛る本能寺に駆けつけていた。

阿弥陀寺に残る古文書からは義理の兄を思う弟清玉上人の仕業と解けました。 続いては阿弥陀寺から西へ4km。 京都市右京区の木嶋神社。 これ何だと思います?実は京都のやわらかい湯豆腐と関係が。 京都最古の神社の1つ木嶋神社にある食にまつわる不思議なパワースポットとは?えっ何だ?あれ。 江戸時代のいわば京都の観光案内を見ると当時は三柱鳥居の真ん中から水が湧き泉になっていました。 こちらのコーヒーは湧き水でいれているんですこの超軟水の地下水こそ京都独特の食文化を支えてきたものなんです。