鍵屋!江戸両国の川開きは夏の三月間納涼の花火や舟遊びに興じる人々が集まった船宿や料理茶屋の納涼船の貸し出しも露店や見世物小屋の深夜までの営みもこの期間に限っては許される事になっていた時は寛政年間老中松平定信が幕府の財政を立て直すため質素倹約の令をしき厳しく華美贅沢を禁じた改革の時代であるへい。 これも歌麿の絵姿の女だよ!絵筆の呪いか?死に神のたたりか?歌麿の女は次から次へと死んでいく!さあ買ってくれ買ってくれ!全部詳しく書いてあるぜ。 瓦版が何をどう書こうが歌麿は絵を描くだけ。
誰でしょう?喜多川歌麿。 天下一の絵描き歌麿にお引き合わせいただきとうございます。 歌麿に会いたかったら当人の住まいなり版元なりをお訪ねになるのが筋でござんしょう。 いやいや確かにそれはそのとおりではございますがこの数日来歌麿は行き方知れずで誰に尋ねても鶴亀さんには時折泊まり込んで仕事をなさっているとお聞きしましたのでなもしかしたらと思いまして。 女を一人預かってくれませぬか?お恭というその女を私は歌麿に描いてもらいたいと思いました。 近江屋さん歌麿の絵にはお上の目が光ってるんですよ。
俺には次郎吉っていう名前があるんだぜ。 夜はいねえって一体なぜ?お化粧をして髪をすいてキレイに支度をして舟に乗るのさ。 一番人気はなんてったって『仮名手本忠臣蔵』よ。 昔別れた女でね心底惚れてたんだ。 似たような手拭いなんてねいっぱいあるんですよ。 難波屋おたき殺しのお調べでござんしょう?だったら難波屋にお聞きになった方がようござんすよ。 うるせえや!とっくに調べてらあ!おたきはこっそり抜け出していつ出ていったかおめえたちの指図は受けねえ!あの野郎たちが言うとおりどこにでもある手拭いだよ。 八丁堀の旦那。
バカ野郎!くら替え先をいちいち教える女郎屋があるもんか!おら!承知の上だよ。 ただ一年ほど前の事でうちの若えの総出で下手人捜しに当たらせまさぁ。 今まで俺がどれほど貴様をかばってきたと思ってるんだい?佐野様。 おめえの惚れてる女はな近江屋の旦那に買い取られて今頃どっかのお大尽の持ち物になってる。 近江屋…近江屋だと?おい!次郎吉さん!次郎吉さん!大丈夫ですか?先生しっかりしてくだせえ。 大丈夫だ大丈夫だ。
だけどね歌麿が描けば残る。 華やかに美しく生きた自分の姿が未来永劫残るんだよ。 どうだい?歌麿。 勇介?ああ歌麿さんの事かい。 歌麿?歌麿って…まさかあの歌麿の事かい?知らなかったのか。 歌麿さんには歌麿さんの思いがあってやった事だ。 歌麿さんの恩人だ。 歌麿に比べりゃまだまだほんの駆け出しさ。 今朝方商いに使う一日分の金子を用意するため蔵の中に入って初めて…。 千両箱は二つだが中身は合わせて五百両ばかり。 小判の雨!歌麿さん入りやすぜ。 余計なおせっかいだとお思いだろうがね歌麿さん。
杉の葉に障子に矢羽根で「杉戸屋」。 痛っ!お恭!逃げるぞ!次郎吉さん!野郎!生きてやがったか。 杉戸屋のお恭ってのは近江屋が連れてきた女だな。 次郎吉ってのは誰だい?杉戸屋に盾突いてるやつだ。 江戸中の地回りどもを全部かき集めるんだ!野郎の立ち回りそうな場所ダチや知り合いどんな手がかりでも逃すんじゃねえぞ!へい!何女連れだ。 おおこれはどうも!これが次郎吉ってやつの長屋にあったんだと?へえ家探しをしたところ他にも二~三枚。
次郎吉さんは芝居が好きなんだね。 次郎吉さん…。 旦那様の?蔦屋さんに行って持ってきてもらいたいものがあるんですって。 芝居小屋は休みなはずだ。 まずは芝居小屋に連れてくな。 芝居小屋の中には秘密の場所があるんだよ。 旦那様確かに歌麿さんにお届けしましたよ。 ところで山村座になんかあったんですか?どうしたんだ?通りで地回りの連中が山村座にいるとか言って血相を変えて走っていって。 次郎吉!出てこい!行け。 次郎吉さんがいなくなったら私一人で生きていたって…。 次郎吉さん。