プロフィギュアスケーターの織田信成さんでいらっしゃいます。 信長の…って呼びつけも何ですが一応信長の17代目の子孫といわれてらっしゃる方でいらっしゃるんですけど。 いや全問不正解でした。 全問不正解?私もほとんど不正解でしたけどね。 現役を終えて…まあ長い現役生活23年現役生活していたのでやっぱりちょっと現役生活から離れて寂しい部分っていうのは少しはあるんですけど。 そうですね『ラストサムライ』ね。 でもさっきの『ラストサムライ』の音楽はすごく合ってましたね。
何歳ですって?今一番可愛い。 やっぱり織田家とそれから秀吉の方…子孫の方が話してらしたのはお二人はね同じ学校だって…学習院かなんかで。 今でも関西大学のアイスアリーナのほうで教えてます。 でもあなたは随分家出したんですって?何回も。 本当にスケートが嫌で何回も家出して。 中学生ぐらいだから自転車で行っておなかすくと帰ってくる程度の家出だったんですって?はい。 だからもう自転車で行ってで自転車で家出してっていう感じで。 兄弟みんなフィギュアスケートで…。
自分ってこんなにフィギュアスケートのこと好きだったんだなっていう…知るきっかけになって。 なので中学3年生からは本当に家でこう…ビデオを見ながら研究したりとか。 それこそ本当に自分がこう…本当好きで楽しくてやってるんだったらよかったのかもしれないんですけどそういう時期がやっぱり遅かったというか好きになる時期が遅かったので…。 階段落っこちる前ね。 階段落っこちる前は。 お衣装?衣装代とか振付代とか色々…スケート靴もそうですけど。 オリンピックの時…。 あの時…あれオリンピックの時?はい。
カナダのその会場にいてくれたお客さんがすごい温かい拍手をくれたので何とか最後まで滑れました。 まあ繰り返すようですけどさっきのあの中学生の頃同級生だった?はい。 同じ中学1年生と中学3年生の時に同じクラスメートで中学1年生の時に僕がひと目ぼれじゃないですけどすごく好きになって…。 高校が別々になってしまったんですけど僕が大会で優勝した時にメールをくれてそこからまた会うきっかけになってで電話で告白したんですけども。
いつもテレビで応援してくれててフィギュアスケートがすごく好きになってくれたみたいで。 ならなくても本当に最後までフィギュアスケートを好きでいてくれたら僕はそれでいいかなと思ってます。 あなたお母様のアシスタントみたいな…。 であなた話全然違うんですけど子供と一緒に暮らしていく上にはすごく素敵と思うんだけど変顔がすごくできて子供がとても喜ぶんだって?それを…変顔をやると。 元々面白い顔つきというかそういうので…そういう顔をするのが得意というか。 ゴリラのじゃあモノマネ。 えっ?ゴリラのモノマネ…。