徹子の部屋 オール阪神・巨人

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この番組のまとめ

でも1人で40年だと気軽ですけどお二人で40年は大変ですよね?何べんも危機はありましたけどねやっぱりね。 でも今やもう本当にもう大阪でねお二人は一番もう大御所っていわれるように…。 卵屋っていうのは産んだ卵を…?養鶏場と契約しまして卵の卸で。 本当にねアマチュアの時にね一年間で一番多い時に僕は南出といいます。 僕らアマチュアで組んでる時期がありましてその時に当時三枝師匠が…。 三枝師匠が「お前らおもろいからちょっとうーん…僕が名前付けたるわ!」言うて…。

ハハハッ!えー!大河内傳次さん?えっ今の大河内傳次さん?上田吉二郎さん。 大河内傳次さん。 あの方はどんなですか?「拙者大河内傳次」ってね。 「ご自身は巨人のことをお好きなんですか?」「僕ですか?僕ね巨人という名前ですけども本来は阪神ファンなんです」「阪神ファン?」「阪神ファンバリバリの」「あなたは阪神なんだけど阪神はファンなんですか?」「私がさっきも言いましたように全く野球がわかりません。

これからオール阪神さん巨人さんに漫才やっていただくんですけど実は巨人さんはネクタイを…30年前に『徹子の部屋』に出てくださった時のネクタイを今日…。 30年前のネクタイをそのままずっと取っておいてくださってこれは『徹子の部屋』でやったのだというふうにして今日お持ちくださったっていうことは本当に涙が出るぐらいありがたいことだと思ってます。 昔二十何年前ですが京都花月でね…。 本当に元気ですよ。 たぶん寝てる間にね乾燥してるんとちゃうか?そんなことありません本当に。

ネクタイをね替えて…。 そこの角のところに古いネクタイ…。 今日…もう済んじゃったことだから思い出してもちょっと駄目かもしれないんですけどビデオを録っていらっしゃる方は1回目頭のところから見てくださるとあのネクタイしてらっしゃる…赤いネクタイしてらっしゃるんですけど。 このネクタイまた弟子からもろうたやつで…。 これがC型肝炎やってる真っ最中だったもんで今より10キロほど体重減りましたね。

本当に悲しいことだったんですけどこの5月にいくよさんがね今いくよさん亡くなって弟弟子になるんです。 僕らも本当に安心してたんですがね。 舞台見るとくるよ姉さん太いほうがバーン!倒れてはったんです。 ほんでいくよ姉さん…亡くなられたいくよ姉さんが「くるよちゃん何してんの?早よ立たなあかんやん」「何してんの?そんな冗談しいないな」言うてたら本当に心臓で倒れはりまして。 私大阪行ってドラマシティっていうところに1年に1度芝居行くんですよ。

ゴンスケ・マンスケって名前を付けてくださった方がねちょっとなんか…。 「巨人君こと南出君は卵屋の息子さんです」「阪神こと高田君とコンビでよく私が司会していたラジオの深夜番組『ヤングタウン』に出演してくれました」「でこぼこコンビのお二人は若い頃から芸達者でした」のせるのがとてもうまかったのです」「またそれだけではなく司会者の私までありがとうございます。 その僕の車…うちの仕事の車なんですがその横に文枝師匠…当時の三枝師匠乗ってくれはってそれがまたうちのおやじがもう自慢で。