商船大学のいわゆる造船技師の卵だった。 でもそれにしてもお父様という方はああやって家族のことを…あれはお父様撮っていらっしゃるわけでしょ?そうです。 でもお父様大スターでいらしたのにそういう何ていうの?子供の体のためには家を引っ越そうとかああいう状況を撮っておこうとかフィルムにね。 だってあれでしょ?一番田中絹代さんと上原謙さんと2人の映画が一番…ね?『愛染かつら』。 『愛染かつら』ってもう日本中の人が泣いたっていうようなもんですからその時のお父様だから大スターでいらしたのに全然…。
アウトドア志向になりましたよ。 だからそうでなかったらあなたこんなにアウトドア志向にならなかったかもしれないのね。 イシハマグリとか言ってましたけども食べられるんですよね。 あの島へ行ってみたいな…行ってみたいなと思っててどうやったら行けるかっていうのを考えたら自分で舟造りゃいいんだなと思って。 それで舟造るようになって?設計図のね色んなのを見てますから。 そろばんの玉?だからまあそれで実験したら復元がすごくいいんだっていうことを発見してそれを基に設計したからどこを切っても全部ひし形っていう舟で…。
「嘘つけ」って言うからね…そう言うだろうと思ったから俺はこういうのを最初から全部撮ってあるんだってアルバム見せたら「うーん…」。 そしたらすぐそばに朝日新聞社のね英字新聞の記者がいたんですよ。 最初設計し始めた時の計算によるいわゆるソーラーパネルの重量と…今はものすごく軽くなってしかも出力がよくなる。 それからバッテリーのね今本当はもっと軽量化するということをねちょっと待ってるんですよね。 だからオリンピックまでには行って帰ってこようとそういうような長い…気長に考えて。
これはもうポッドスクリューを使うとかスタビライザーを使うとか色んな方法を考えてるんですけど。 とにかく2020年まで…オリンピックの年までには行って帰ってこようって思っていらっしゃる?そうですね。 一応自分はちょっとオリンピックのねヨットの応援団長に僕任命されたんで。 実は江の島っていうところが前のオリンピックのヨットハーバー…。 一応そのオリンピックヨットハーバーにそう。 これでオリンピックのその直後に…。 これはあなただけどさっきのやつも足でこぐの?これがね今の加山雄三通りですよ。
七五三…寒川神社へ行ったんですよ。 でも随分電信柱が…当たり前ですけど当時はねこんなふうに。 ブツブツに切れちゃったもんで全然見るチャンスがなかったんですけどそれを今ちゃんとこうDVD化するっていう…専門家がいましてね。 それを改めてまあ昨日みんなして事務所会社でもって見たんだけどあまりのその…面白いっていうかねよく貴重な映像を撮ってるなということで改めてちょっと今日ねご覧いただいたんですけどもね。 だから戦前から戦中になってぐらいの時間帯ですよ。 海藻麺?海にねドンと打ち上げられてる茶色いこんな汚い…。