徹子の部屋 細川たかし

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この番組のまとめ

あなたは北海道の真狩村からいらしたっていうのはみんな知ってたんですけど東京にもう40年もお住まいになったんですけど…。 また北海道へお帰りになったんですって?去年やっと住民票も全部ね移しました。 でも毎年8月…夏場はいつもね毎年帰ってたんですけどいよいよもって北海道の住人になってしまいました。 それからなんといっても『北酒場』ですよね。 ですから船村先生が作曲で作詞が石本美由起先生。

ですから仕事が2日間ぐらいショー続きますよね地方公演とか。 これは中学…中学生ですね。 中学はどこだったんですか?中学は真狩…。 中学真狩中学?一応真狩中学あるんです。 真狩中学ある…?中学校までちゃんと…。 中学あるのね。 真狩中学。 全部自給自足ですよね。 味噌の果てから全部自分の家で造ってましたから。 畑は7町…いも畑7町歩ぐらいですから大体大丈夫ですよね。 ですからだから東京へ行ったり札幌から九州へ飛んでいったり色んな仕事…そういう地方の公演なんかは今飛行機便利ですからね。

息子も8階に住んであと女房方のお姉さんとか妹方も4階とかみんな住んで。 で一人息子の譲君はもう42歳になった…?はいそうなんですよね。 そうなんですか?全然そういうする気がないんで一応約束したのは45歳で一応お見合いでするということなので北海のヒグマみたいな奴とね…。 でもあなたは…色々言って悪いんだけどアイスクリーム?それからパスタ?そういうものがすごいこだわってるんだって?なんか。 だからどっちかっていえば私息子さんと気が合うと思いますよ。 真狩村に熊はいるけどシャケは来ない?シャケいないです。

民謡例えばどういう?昼間は民謡を歌ってたんです。 だから非常に不安がありましたけどただまあ本当に運がいいっていうか『心のこり』が…「私バカよね」が売れたんで現在に至ってそして色んな歌がヒットしてね本当にそういう点では恵まれたったら恵まれてます。 でもその時に東京へいらした時には洗濯物を段ボールに詰めて送り返してたんだって?大体洗濯をするっていう習慣がなかったんでだから下着とかそういうの…靴下とか全部段ボールに入れてデビュー当時はもう北海道へ…。 夫婦円満の秘訣って…。

向こうもテレビ見たりしてますから「あの時なんか歌調子悪かったね」とかねそういう指摘はされますけどね。 おお!♪~「鴎よ伝えてよ」「…っていうのと今度は横に振るっていうね」「横振りっていうことは…」♪~「鴎よ伝えて〜よ〜」あとはだから北海道から男の子をね弟子を一人欲しいなと今思ってるんですがその子がまだ中学2年生なんで後々もうちょっとねよくなってから…。 ある程度民謡をやっておいたほうが声が前に出るので言葉が明確に出ていくのでやっぱりそれをやっておいたほうがいいですね。

だから腹筋じゃなくて背筋です。 言葉も前に出ないしやっぱり背筋を鍛えれば声は果てしなく出ます。 背筋を鍛えるっていうことは腰も鍛えられるのでそうすると声は何ぼでも出ますからそんなもう80でも90でも生きてるうち大丈夫です。 背筋鍛えれば生きてる間は歌える?はい。 上手とか下手…声は出ますから大丈夫ですよ。 話は違いますけど「徹子の部屋コンサート」は今年も東京と大阪とがございますがこちら様は大阪のほうに出てくださるそうで…。 私も大丈夫ですよ。 大丈夫大丈夫。 大丈夫。 サンチュ入れてね。