91歳にして南極旅行にお出掛けになるほどお元気な脚本家橋田壽賀子さん。 なおその他現在進行中の終活について何かお聞きしたいと思っておりますが。 橋田壽賀子さん今日のお客様です。 文化功労者の時にお会いして。 初め松竹の脚本部に10年いらした…?はい。 最初松竹の脚本部を受けまして試験を受けまして。 もうその頃映画の全盛期ですから1800人ぐらい受験者がいて。 「ラブシーン書くのも…板前だって全部男だろ」って。 なんかイノシシだか何だかが来るんだって?イノシシ来ます。 イノシシはもう本当に通ります前。
「先生こちらは何のお部屋ですか?」「書庫っていうんですか?資料室ですね」「資料室?」「自分の書いたものだけを置いてあるんです」「これは全部綴じてあるのが全部生原で」「『渡る世間』」「こちらはリビングですか?」「ここは応接室ですね」「応接室?」「こちら食堂?」「そこが食堂」「あれが主人です」「自分で作ったスイートピーにご機嫌に囲まれてます」ご主人はTBSのとてもお偉い方でちょっと旅の話をしていらっしゃるのでちょっといいですか?見ていただいて。
それ何の歌?こうテーブルがあってみんな分かれててそこを天皇陛下とか色々お回りになったじゃないですか。 その次に天皇陛下ご夫妻がいらしてなんかお料理が出る間…。 実は天皇陛下がお生まれになった時京城にいたんです。 その時にちょうちん行列があってサイレンが鳴ったら皇太子さま。 サイレンが鳴るっていうので…サイレンが鳴ったんですね。 ♪~「鳴った鳴ったサイレンサイレンサイレン」♪~「皇太子さまお生まれなさった」…っていう歌があるんですよ。 天皇陛下の前で歌を歌ったの私ぐらいのものじゃないでしょうか。
「あの人好きだ」って言ったらとことこ行って「“あなた結婚する意思ある?”って言ったら“僕誰もいませんから来てくれる人あったら誰でもいいです”って言ってたわよ」って。 それでちょうど渡辺美佐子さんが大山勝美さんっていうディレクターと結婚なさったの。 それで1年ぐらい付き合おうって言ったら5月10日が私のお誕生日で東京放送の創立記念日なんです。 それで彼はもう自分は東京放送に青春を捧げて東京放送の創立記念日に生まれた女性だっていうんでこれは縁があるから絶対結婚…。
大体最低は4人はいますけどその人たちが全部家のことをやってくれてる。 4人から5人から6人っていうお手伝いさんっていうのは随分…。 調理師の免状を持っているお手伝いさんがいるっていうのはもう最高にいいですよね。 姑との関係もあってお書きになったとかって前仰いませんでしたっけ?あれは『となりの芝生』です。 『となりの芝生』は結婚して家族ができたり…。 たまたま亭主と結婚して次男だったからいいかと思ったらとんでもないマザコンでお姑さんと一緒に…来るような生活で。
だから主人のおかげというのは家族ができて色んな題材ももらえたということも主人のおかげなんです。 それでもご主人と一緒のお墓には主人を入れたんです。 私は「入れない」と長男の…主人の兄ですけど電話かけてきて「壽賀子さんは入れにゃあだからね」って言うからほっとしましたね。 で文學者之墓っていうのを買ってありますからそこへ…。 ご主人が?はい。 でもまあ今はお元気でそうやって熱海に住んでいらして時々書いたりなさるんだけど…。