本日のしくじり先生はこの方ですどうぞ!エモヤン。 どうもしくじり先生の江本孟紀でございます。 若い!元プロ野球選手愛称はエモヤンと。 そんな僕のこれまでの活動をまとめた資料VTRを用意致しましたのでご覧ください。 それでは江本先生の活躍をまとめた資料VTRを見てみましょう。 1971年に現日本ハムファイターズの前身である東映フライヤーズに入団。 流行語大賞なんてもんじゃないですよね?もうみんなの当時知ってる言葉だったから…。
伊集院くんの周りにもそういう方どうですか?ああ~…僕は…えっと…。 伊集院さん!いるでしょ絶対。 大学生の時に?一般的にその監督さんはこんなタイプの上司に当てはまります。 当時のその体育会系と一緒でトップの言う事は絶対だからそれはもう口答え出来ませんし。 例えば僕の場合はねその監督さんにですねそういうイライラもあったんでしょうけど2個も?ホントは細かいの入れるともっとあるんですけどここでやってるとこの項で全部終わってしまうんで…。 いるでしょ?伊集院君そういう人。
それぐらい今徳光さん言うようにもう絶対的な権力者ですから。 あの…江本さんはプレーはうまかったんですか?その当時。 大学野球で注目されずプロ野球への道が絶たれた江本先生はその後社会人野球へ進み2年後の24歳の時ドラフト圏外でかろうじてプロ野球へ入団。 全く反省をしていない江本先生はさらなるしくじりを重ねていったそうです。 きたな『ドカベンプロ野球編』的な感じで。 だって当時のリンカーンっていったらね家一軒買えるぐらいの高価なものなんですよ。
で性格も見抜いててですね僕に対してはこんな指導方法をしてきたんですね。 昨日のアナウンスメントはすごくよかったとか。 ドラフト1位ってのは徳光さんはよくわかってるんですけどね。 ドラフト1位っていったらね巨額の金をもらうわけですよ。 これはもう見事にね野村監督の指導方法だったんですけど。 野球に関しては野村さんも大変真面目な方ですけどもですね私生活に関してはかなり…。 誰だろうな?おかしいだろそのとぼけ方!当時野村監督の私生活でのやんちゃが週刊誌にスクープされ球場の周りにマスコミが殺到。
ヒットマンからヒットマンのトレード…。 阪神の問題児と言われたね江夏豊というね大投手だったんですよね。 しかしトレードに関して野村監督が関係したかどうかはこれはあの当時の事ですからわかりませんが…。 この監督さんはちょっと優柔不断というか人がいいので多分こういう事やったと思いますけども。 多少そういう優柔不断な人が出てくるのもしょうがないと思いますし。 まあしかしねやっぱり人っていうのはダメだなとか不信感持ってるとか一言の暴言でプロ野球人生を捨ててしまった同じ解説者同士でもねいるからねそういうのが。
私はピッチャーの練習のとこにいたんです。 そこで突然そこでピッチャーがやるスペースでバッターがバンバン打ち込んできたら…。 そこで打ってたのが非戦闘員の川藤。 非戦闘員って…。 バッティング練習始めたんで向こうでやれよとやめろって言って注意をしたわけです。 「うわ~これきついな…」映像には残っていなかったがグラウンドで衝撃の行動に出る!結局あの場面が監督としての…私に言わせれば采配の見せどころだったのになあと。 球団に翌日呼ばれてこれは一応処分せないかんから10日ほど謹慎してくれるか?って言われたんです。
頭にきていた僕は上司への不満が爆発し突然の現役引退をしてしまった江本先生。 体的にはねこれあの…出来ると思いましたけども結果的には1人の…まあ上司というかね…人のためにそういう事か。 そんな僕から最後に嫌いな上司と10倍楽しく付き合う方法を教えましょう。 この後江本先生が本気で伝えたい教訓。 私に言わせれば嫌いな上司ほど自分から挨拶に行ったりとかねそういう事をした方がいいと。 そんなの無理だと思うかもしれませんが嫌いな人上司とかそういった人はやっぱり…逆にね避けてはいけない。