「お父様作家でいらっしゃるんでしょ?」「もう 作家じゃないですけど随分 昔に同人雑誌みたいなのを作ってたんですね」「だから 色々な そういった作家の方のことを あなたはお名前とか 小さい時から割と身近に感じてらした?」「そうですね」「そういうことから とにかく作家 文豪の方に近付きたいっていう感じがあった?」「不健康さというか 自分をとことん追い詰めちゃうようなね」「特に芥川さんなんかもう 大好きで」「もう 芥川龍之介という方は今 私たちは もうお写真で拝見するぐらいしかないんですけどあなたの場合は お小
やっぱり 『無能の人』を監督なすったのがやっぱり良かったですかね?僕は つげ義春さんが本当に大好きで 学生の頃から全部読んでたんですけど。 『Shall we ダンス?』は大ヒットしましたもんね。 遠藤周作さんや芥川龍之介松本清張とか作家の世界って憧れてましたから。 でも 加山雄三さんもファンだったんだって?加山さん大好きでしたね。 僕にとっては もう…本当に 小学生の時からずっと大好きでもう 日本のすごいシンガー・ソングライターですからね。
クリスマスがあったんでお友達にプレゼント持っていきたいってあなた 思った?母も 区役所で働いてたんですけどあり得なかったんですごく嬉しくて。 で プレゼント交換をするんで「何? それ」「僕 そんなんじゃ行けないよ」って言ったら「こういうものはどこの家庭に いくつあっても困らないものだから」って。 で 母が そのことを職場のお友達に話したらそれは 直人ちゃんが可哀想だってことになって。
僕 青年座にいた頃に東洲斎写楽の芝居で矢代静一さんが書いた『写楽考』っていう舞台を…。 僕 1カ月ぐらいスペインにいたんで大好きな喫茶店があってそこに誘ったんですけど緊張しちゃって場所 わからなくなっちゃって。 あっ 結婚したての頃ですか?子供が生まれた時かな?最初の子供。 必死になって…」「子供は まあ苦しいわけですもんね…」「とにかく 自分がね馬鹿だなっていうのはすごく痛切に感じましたね。
でも 立ってるしかない?本当… もう 本当に「ヒッヒッフー ヒッヒッフー」って言うだけですもんね。 そしたら でもヒッヒッフーで産まれたの?もう すごかったんですよ今 思い出しても。 小林先生をおやりになって…。 小林宗作先生をおやりになってどんなでした?はい。 あの校長先生がいらっしゃらなかったら私 現在ここにいないですたぶん。 小林宗作です」「先生 私この学校に入りたいの」「そうか。