徹子の部屋 桂米丸&ヨネスケ

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12:00:18▶

この番組のまとめ

で ヨネスケさんは今日のお衣装のポイントはどういうところにありますか?僕は もう単なる蝶ネクタイ締めて腹話術の人形みたいになってますけど。 いや 師匠がね おしゃれだからね入門した時に「芸人は 小奇麗にいろよ」って言われたんですよ。 小奇麗?ええ。 ですから とりあえず小奇麗に。 でも なんたってね今週は 恩人に感謝ウィークっていうことでございますので今日は 師弟コンビということでおいでいただいているんです。

僕は 千葉の市原から出てきた田舎もんですから滑り台を遊ばせてたら近所の奥さんが人相の悪いやつがいるっていうのでバーッとね 師匠の奥さんに行って「すいません すいません」「イズミちゃんが 誘拐されそうになってますから」って言って。 第一印象はどういう感じに見えました?僕はね 本当に… 師匠を見たらねなんか 色の白い…。 今まで本当 18年間 左で食べてたのが急に 「右にしろ」って言って師匠のところで一番苦労したのはお豆腐ですよ。

米丸さんのお家は非常に近代人で奥様のことを女将さんとは言わないで奥様というふうに?そうですね。 僕が 二ツ目になった時に…そしたら 奥様が貯金通帳と印鑑をパッと出してくれて大変なんだよ。 そしたらね 師匠が だから…まあ 本当に 父親代わりにもう 本当に…。 18の時だっけ?18のね もう生意気盛りのやつをもう 本当右も左もわからないのを全部育ててくれたのがうちのお師匠さんなんですよ。 だから奥様にも 本当に僕はねやっぱり 内弟子してて 色々…。

本当 だからね もううちの師匠の芸っていうのは今でも そうですが品のいい芸なんですよ。 でもね 声が 本当にうちの師匠…。 結構 飲んだくれてたとかよその家の晩ご飯見てましたからね 本当に。 結構 でも一人暮らしっていいなと思うのは申し訳ない…。 私が仲人でね無理やり…無理やりっていうかホテルで… どこのホテルだっけ?いいところでもって結婚式 バッてやったんですよ。 「それから どうなった」?今 自分で 一生懸命一人で ご飯作ってます。 今度 一回師匠 食べに来ますか? 家。

はや 50年が経ちました」「右も左もわからない生意気でわがままな私をここまで育てていただきまして本当にありがとうございます」「父親のぬくもりも知らない私を父親のように教育していただきまた この世界に生きていけるようにご指導いただきまして師匠の弟子で良かったと心より感謝しております」「また7年前に亡くなられた奥様には内弟子時代 寄席に行く時にはお弁当を作ってくれたり親からの仕送りを 貯金していてくれたりとお世話になりっぱなしでなんのお返しもできなかったことが何よりも悔いが残ります」「改めて 師匠 そして 奥