今日のお客様がデビュー当時のお写真です。 いつお会いしても何歳だかわからない今日のお客様なんですけども。 今日のお客様 天童よしみさんでいらっしゃいます。 ちょっと コンサートの…あなたのねそれを見せていただくとそこで また色々 お衣装が出ると思うのでちょっと見せていただきますね。 ♪~「道ができるのよ」『珍島物語』です。 『珍島物語』ですね。 ♪~「カムサハムニダ」♪~「ひとり酒場で」美空ひばりさん?そうですね。
はい」「これ 何歳ぐらいの時歌ってらしたの?」「えーとですねこのレコーディングはね中学1年生の時にレコーディングをしたんですよ」「あなた お声 やっぱり随分あれですよね特別なお声ですね」「あっ そうですか?」「子供の時からそういうお声でした?」「えーとね 声変わりっていうか変声期が大体 小学校3年生なんです」「あのキーホルダーなんですけども懐かしいですね。 叔母様たちとね。 なんか 記念公演をあなたがしてらっしゃる当日にお亡くなりになったって?そうですね。
お芝居だからって 皆さんお思いになるかもしれないけどやっぱり そういうところ本当に気持ち込めて言ってるとやっぱり その瞬間にお父様のことを思い出したりとかそういうふうになったら なかなか芝居とは言えないですよね。 東北の福島県の会津若松から ちょっと こう105歳にしてはあまり こう しわがなくてそして ものすごく なんだろう?奇麗なんですよ。 今は 演歌界に欠かせない存在の天童さんなんですけど一度は 歌手をやめようかなとお思いになったことあるんですってね?はい ありますね。
お寿司屋さんの2階を借りて父が考え出した天童よしみ歌謡教室というのを昔やってたんですね。 大阪で 歌謡教室を始めていてその生徒さんが歌いに やっぱり どこかへお店に行きたいと…スナックに行かれたんですよ。 「えっ! 天童よしみさんは今 どちらにいらっしゃいますか?」ってそこからの問い合わせで『道頓堀人情』が そこでつながったんですけれども。 『道頓堀人情』は 本当にキャンペーンも一生懸命 くまなく回ってそして お客様に とにかくこの歌を聴いてもらってそして 広めなきゃって。
「あなたは小さい時から歌を歌うことが大好きでした」「歌うことが好きで歌と結婚したようにして今日にいたりました」「しかし 決して楽な道ではありませんでした」「そんなあなたを守ろうと私は 自分の人生をかけ日本中の皆様に知っていただくきっかけになりました」「また 『珍島物語』は亡きおばあちゃんが“この歌は良い歌やな。