お奇麗。 スタイル 全然変わらないのね。 本番ですよ。 本番ですよ。 本番 本番。 でも 本当にお奇麗だなと思って感心した。 自分家がジムよって思っていて。 何かをしながら筋トレしたりストレッチ 柔軟っていうのは日々の生活の中でやってます。 あなた 腕 すごく奇麗だけど腕 奇麗なのはどうすればいいの?これも やっぱり腕の筋肉 鍛えてますね。 ノートだとか書類だとかペットボトルだとか…。 私は 自分が やっぱりドレス…。
「『瀬戸の花嫁』です」「これは 本当に… ねえ」「ルミ子がまだ八重歯が可愛くてね」「この時 まだ10代ですって?」「19歳」「19歳」「宝塚を卒業して出てきてそれで『わたしの城下町』で ねっ新人賞 取ったのが18歳ですよ」「すごい」「それで あの子『わたしの城下町』 『お祭りの夜』『雪あかりの町』作って次を どうしようかって言ってた時にルミ子がアルバムを作ってたのね」「そのアルバムのレコーディング終わったんで ルミ子にね絶対 結婚はしません”って言うの」「それで帰っちゃったんですよ」「ええ~?」「で “何
でも あれですよね『ベストテン』が始まった頃あなたのヒット曲が終わっちゃってたのよねちょうど。 本当は ご自分が歌手になりたかったんですって?お母様ね。 中途半端じゃないじゃない。 中途半端じゃなかったですね。 3歳の頃からクラシックバレエ始めて。 で 小学校に入ったら ピアノ 歌ジャズダンス タップダンス日本舞踊 三味線 習字。 でも あなた 色んな事 とにかく…委員長まで… 委員長?はい 委員長。
そういう時に お母様にお手紙 お書きになった事覚えてらっしゃる?覚えてますよ。 自分が… やっぱり15歳の小娘がねこんなに遠い宝塚で泣きながらいると思うと胸が張り裂けそうで…。 そういう時まで お母様はずっと見届けてくださったの?もうね 私ねかっこいいな この人は本当に潔いなと思ったのは宝塚を辞めて宝塚の桜の花道を歩きながらもう 渡辺プロに入る事が決まって。 でも その後 あなたの出世街道まっしぐらのところはご覧になってたの? お母様。
デビュー当時はお衣装を作るお金もなかったしスタイリストもつけて頂けなかったし…。 どこが面白いです? サッカーは。 それは もう ヨーロッパのスペインリーグのバルセロナっていうのが私の愛するチームなのでそこのサッカーを見るのが本当に楽しみで。 サッカーっていうのは人生 社会 対人関係…人間関係の縮図なんですよ。 だから サッカーを見てたくさんの事を学んで自分も やっぱりもっと頑張んなきゃとかこういう時は こういうふうに接しなきゃいけないんだとか…。