12歳年下の同じ劇団員の方だったんですけども。 公私共にですね 一緒に芝居をやってきたんですけどもまあ お別れです。 ずっと芝居とかもやってずっと四六時中ずっと一緒じゃないですか。 まあ 劇団員の方ですからね。 だから 芝居もやってお互いに仕事は やって。 色んな… 両親からの手紙とかね色々 持っていきたいものもどこかには あるんだけど探しきれないような状況で。 新しく募集したスタッフと一緒に一からやってるんですよ。 芝居をやりに一人暮らしをしてる。
家族は雪彦っていうそのネコなんですけどこれが本当 可愛いんですよ。 あら 可愛いわね。 あら 可愛い。 可愛いわね。 可愛いんですよ。 たまってるわけですね留守番してなくちゃいけないから。 なでたりなんかすると言わない?なでると もうホッとしてゴロゴロ ゴロゴロ。 で それが寂しがり屋で生後3カ月ぐらいの時に股関節を骨折してそれを入院して治したんですよ。 それで なんかしゃべると「オオ ウッウッウッ オオ」とかって言ってますから。
とにかく『おしん』の意地悪な嫁さんは…」「あれ 橋田壽賀子さんその後意地悪な色んな人をお書きになったけどもあれの走りですかね」「そうですね。 随分 いじめてましたからね」「親戚が“そんなに辛かったら…大変だったら言ってくれよ”って言って 野菜だの 大根だのいっぱい毎週 送ってくるんですよ」「ええー もう…」「だから本当に そういう生活をして…」「見極めがつかない。 お父様 これ渡辺マサハルっておっしゃるの?渡辺正治と読みます それで。
もう 2人とも私が可愛くてしょうがなくてだから 本当に地元で…山形大学で音楽の先生をやってほしかったんですね山形大学を卒業して。 その演劇の合格発表の時お母様 たまたま 上京なさってそれをご覧になったんですって?あなたが受かったっていうのを。 あなた うんとお若いのに何? 八千草薫さん…。 八千草薫さんの乳母の役とかをやってるんですよ商業演劇 初めて出たのが。 で 「ばあやっていうのが言いにくいから名前にしていいですか?」って八千草さんが演出家に言ったのを今でも昨日の事のように…。
「どういう事ですか!最後の頼みなんですよ!」とか言ってまた その駅前の某旅行会社で私がガンガン ガンガン訴えて。 「そこをやるのが あなたの旅行会社じゃないですか!」って言って 無理矢理 10日間で…。 それで 「そんな せっかく一生に一度かもしれないのにこれが全部切れてたらおかしいじゃないか!」って私が ずっと 毎日 怒っててそれをなだめるっていうそういう旅行だったんですけどでも それが本当に楽しくて。
原節子とそっくりな 美人な派手なお姉さんがいたんですよ すごく。 原節子と同じような顔なの?私?そのお姉さんが。 お母さんのお姉さんが原節子に うり二つなんですよ。 原節子って もう…。 あと 東北は東北芸工大ってありますから。 だから両親の そういう面白い手紙とか山形のを題材に…東北を題材にして書いた私の演劇の資料は東北に… 山形に。 だから 中村勘三郎さんの思い出のものとかあと 沢田研二さんのものとか絶対に捨てられないものがあるじゃないですか。