徹子の部屋 室井滋

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この番組のまとめ

着物も時々 お召しになるの?着物はですね事務所の社長が 女性のおばさんなんですけれども私が あんまりにもちょっと そそっかしくてしっとりしないもんですからなるべくだったら着てほしいという事なんですが…。 この間もですねディナーショーとかランチショーとか たまに頼まれて やってるんですけども古い着物ね どんどん着なく…お振り袖とか 着なくなるので赤い… 真っ赤な着物で登場したんですけれども。 アッパッパみたいなものを着て。 アッパッパって言っても今の方は…。 でも まあアッパッパってありますよね。

だってお化粧してらっしゃらないなら余計 そのまんまじゃない。 私 外に出ていって顔出していく時はやっぱり いくらなんでもお化粧してますよ。 当時ね そんな みんなお化粧してなかったのねこのぐらい。 大丈夫です。 大丈夫。 1981年デビューですから大体 39年ほどですか?約40年と計算して。 大体ね大学生から始めてますから。 大学生から始めて 二十歳として。 だから あんまりそういう お化粧したりとかそういうふうなキラキラしたのとかっていうのはどうもっていう感じ?そうなんですよ。

東京は昨日買ったらもう今日着るっていうね。 室井さんは小学校の高学年でお父様とお母様が離婚なさってそれで 途中から やっぱり少し認知症になりまして。 ちょっと 今は駄目ですか?ハハハハ…!今 駄目じゃなくて小さい時 あんな可愛いってびっくりしちゃったの。 ものすごくしっかりしてたんですけれども祖母にしてみたら母親代わりなのでやっぱり 私の事も心配ですしあれなんですけど父が途中でもう一回 再婚したりとか…。 いい日もあれば次の日 全然駄目だったり。

「ごはん物語」「私は ご飯が大好きだ」「今は亡き私の祖母も大のご飯好きだった」「祖母は とても静かな優しい人だったけれど87歳の誕生日頃から認知症が始まりそれ以来 毎日それはそれは悲しいほどたくさんのご飯を食べ続けた」「食べても食べても食べたのを忘れてしまい一日中 “ご飯 ご飯”とご飯を連呼して訴えていた」「私は高校の頃 こんな祖母と2人で暮らす時間がとても長い間あった」「だから 頼みの祖母がおかしくなってしまうのは私にとって極めて重要な事だったので祖母の症状防止にととても必死になっていた」「“ばあちゃん

スケッチブック?スケッチブック。 ♪~可愛いでしょ?これ 音楽も あなたが付けたの?僕の名前はチビだ「食べるよ。 なんか どこかのコロッケパン?あっ コロッケパンなんかも買ってますね。 サラリーマン風の方だったんですけど山形新幹線に乗ってたらなんか ワゴンで「いいんですか?」って言われて。 それで 「お礼をしたいから電話番号か何か教えてください」って言われたんですけど「いやいやいや またどこかで隣り合わせになったら今度は あなたにサンドイッチごちそうしてもらうから」なんて。