最新式のソナーを駆使してマグロの群れを見つけるやいなや絶妙のタイミングでエサを投げ入れる。 大間のマグロ一本釣りが出来るのは夜明けから日没までというのがルール。 津軽海峡の風物詩サンマとマグロの大饗宴だ。 大間のマグロ漁師は自分の仕掛けや技術を実の子にも教えないと言われている。 孤高の鉄人と呼ばれマグロの一本釣りは重労働。 かつて山崎は2年連続で初競りで一番の高値をつけたマグロを釣りあげた。 凄腕の鉄人山崎は船を絶好の位置につけ漁師がやってはいけない基本中の基本テグスを踏んづけていたのだ。
果たして2人で巨大マグロを仕留められるのか?なんと北海道戸井で揚がった巨大マグロが当時の最高値3、249万円を叩きだしたのだ。 去年3月北海道戸井。 彼らこそ戸井のマグロはえ縄船団のメンバー総勢60人だ。 その中心にいたのは新たに船団長となった津軽海峡を挟んで大間と対峙する北海道戸井。 船団長になったばかりの下山に話を聞いた。 実は今シーズン津軽海峡の戸井側にマグロが多い。 「戸井は25隻で1つの船」という下山船団長。
実は竹内の父親は2001年の初競りで2、020万円の高値がついたマグロを釣りあげた伝説の漁師。 11月の初旬のこの日第38美吉丸の新人船長竹内大輔も船を出した。 この日竹内は夜明けギリギリまで待っていた。 下山船団長自らが釣果を上げ弾みがついたのかこの日はもう1本戸井の港に特大のマグロが揚がった。 竹内は3年前19トンのこの大きなはえ縄船を自ら釣り上げた巨大マグロの写真が凄腕ぶりを物語っている。 竹内はなんと2日続けて250キロを超える巨大マグロを釣り上げたのだ。
宴会の中心にいるのは若手漁師の兄貴分彼はその凄腕ぶりを我々に見せつけてくれた。 中村もこの1本だけで200キロを超える巨大マグロを数多く釣り上げてきた。 品質重視のブランドを確立し大間戸井を超える!中村の思いは若い漁師たちにも浸透している。 揚がったマグロは12月中旬壱岐の港は最盛期を迎えていた。 壱岐の若手漁師軍団。 初競り最高値マグロ争奪戦に参戦!ここ大間にも小さな船で奮闘する古老マグロ漁師がいた。 11月は毎日のようにマグロ漁へ出ていたがどうしたのか?6年前小浜はその実力を我々に見せつけた。
去年1月4日寿司チェーン板前寿司ジャパン本社。 初競り最高値のマグロを4年連続で競り落とした板前寿司など3社連合の作戦会議。 日本一のマグロを落札するため競り場に向かった板前寿司軍団。 しかし競り落としたのは板前寿司ではなくライバル店すしざんまいだった。 板前寿司ジャパンの社長中村桂。 愛する日本の寿司を世界に広めたいと香港で創業したのが板前寿司。 初競り最高値のマグロを4年連続とったことで板前寿司イコール本マグロのイメージが定着しつつある。 初競り最高値のマグロを披露したい。