【スポンサーリンク】
- テレビ東京携帯
- 歴史の道 歩き旅 ~秋野暢子が東京都武蔵村山から奥多摩まで歩き旅 青梅市〜
- 2016年07月12日(火)
- 07:30:00 - 08:00:00
- 江戸城建築の際、石灰運搬のため開かれた青梅街道。今回は東京都東大和市から奥多摩町までを歩き旅。青梅・奥多摩地方に古くから伝わる平将門伝説に触れながら歩きます。
07:54:23▶
この番組のまとめ
こちらは青梅街道の名づけ親のお寺だとかって。 青梅街道っていうのができたのがこの地から…。 お寺で代々の住職から伝わってることでは昔は平将門がどこかに戦勝祈願を…。 その願いがあるということで「あおうめ」「おうめ」になって青梅街道であり青梅市でありそれができたんだと思います。 じゃ青梅街道って名前つけたのは将門ですね。 関東の豪族平将門がこの将門誓いの梅には更に不思議なことが。
あっこれあれじゃない?「青梅赤塚不二夫会館」だって。 それでねうちの娘がまだ幼稚園の頃にねギャグ漫画4コマ漫画を描いてそれを先生に見せたらこの子は才能があるから漫画家にしなさいっていってえっホントですか?先生って。 言ってくださったんですけど残念ながら漫画家にはなりませんでした。 実は赤塚不二夫がデビュー前の一時期映画看板を描いていた縁から平成15年にオープンしました。 江戸時代後期に開業した傘屋さん。 ニワトリみたいな。 ニワトリだ。 ニワトリ2羽いる。 ニワトリ。
宗建寺とかいう…。 あっ宗建寺?これ左?あっこれ?すぐそこ右…。 今日は裏宿七兵衛さんのお墓で…。 はぁ裏宿七兵衛。 これ義人と書いてあるんですが裏宿七兵衛と…。 江戸中期青梅の農民だった七兵衛はまれに見る健脚の持ち主でした。 夜遠くまで出かけて盗みをはたらきこれからもまだまだ走りたいので裏宿七兵衛さんどうぞ私のヒザを守ってください。 次のマラソンのときには私には裏宿七兵衛さんがついてると思って走らさせていただきます。 一目散!七兵衛わらじのお守りもあります。