♪~すげえな おい!♪~岐阜県 中山道のそばから不思議な物が見つかったという知らせが入りました。 中山道の旅始まりは 長野県の妻籠です。 いや~ じゃ もう1回 このワラジじゃなくてトレッキングシューズとかにしちゃおう。 ハハハハ!江戸と京を結んだ中山道は山の中を通ります。 中山道 やはり必要ですか?あ~ なるほど。 その名のとおり山道を行く 中山道。 トレッキングブーツだったら 絶対伝わってこないよね。
目的地が見えてきました。 馬籠茶屋。 五平餅が有名なの?そうです。 その当主の 間 龍一郎さんです。 はあ~!屋根のとこに 小さい屋根がピュピュッとあるじゃないですか。 え ここにお酒が入ってるの?そう 出来上がったお酒をこちらに入れて こちらは貯蔵をしとく蔵です。 うわ~!え? この数字は何なんですか?これが このタンク1本1本の容量ですね。 磯山君何を選んでるの?いや いっぱい入ってるから。 分かるように「明治のあんどん」って書いてある。 明治のあんどんが言い方悪いですけど 雑な感じで。
お~!江戸後期の歌舞伎役者…梅幸が活躍した江戸後期多くの歌舞伎役者が中山道へ やって来たといいます。 たまたま 天保年間でもですね東京の 今 江戸三座ですね… が大火事に遭って 芝居ができなくなった時期もあるんです。 そうすると 当時の三代目菊五郎さんは 一座を連れて上方のほうへ地方巡業に出るわけですよ。 だから歌舞伎役者さんなんかもファッションにしても新しい物 どんどん持ってくるわけじゃないですか。 普通 お寺ですと「南無阿弥陀仏」というふうに文字が刻んであるんですけどこれ よく見て下さい。
で その4月の20日前後というのはキリストの復活祭に近いという事で多分そういう あれじゃないかな命懸けで そういった宗教 信仰をみんな守ってきたわけですよね。 50年以上にわたり和傘作りに携わっています。 きっかけは 窮乏する藩の財政を立て直すため和傘作りが奨励された事でした。 藤澤さんは厳しい状況の中和傘作りを続けています。 和傘作りには100以上の工程があります。 和傘作りを受け継ぐ人を探していた藤澤さんの熱意に共感しこの道に入りました。