ゴールデンウィークというおなまえの名付け親は この方。 映画「自由学校」は大映と松竹の2社が同じシナリオで別々に作り同じ日に公開するという前代未聞の作品でした。 「自由学校」が公開された5月5日は当時 飛び石連休といわれていた休日の一つにすぎませんでした。 ゴールデンウィークというおなまえは「自由学校」公開の翌年4月に初めて雑誌に登場します。 それに比べてこのゴールデンウィークはゴールデン 「ン」で 1回切れます。
実際 この時代多くのカタカナおなまえというのが生まれていまして 和製英語もあれば英語を訳したものもあるんです。 まさに アメリカからゲームが輸入されてそれのことをビンゴと呼んでた。 ワンマンショーのワンマンワンマン経営のワンマンが24年ですか。 キャビンアテンダントになりますよね。 これ アメリカ行ってプロレス 通じないですよ。 アマチュアレスリングとプロレスリングだから。
当時のラジオといえば落語や歌番組などの娯楽番組が主流。 当時の状況を知る後輩アナウンサー勝山達志さんは…。 中村さんが使った渋滞というおなまえはその後ほかの放送局でも使われ始めます。 日に日に交通情報の必要性は高まりヘリやセスナを飛ばし同時生中継をするなど渋滞というおなまえ。 ただですね この渋滞っていうのは 実は…番組関係者の方が 「銀座にネオンが」とニュースを読んだ時に「銀座にライオンが」というふうに聞こえて大騒ぎになったというぐらい…。
こちらの「渋滞」なんですが「渋滞」の「じゅ」という子音この8,000ヘルツよりも下特に6,000から8,000ヘルツのところに強い成分がありますので昔のラジオであってもでも 先生 こういう 車にまつわることがえらいことだった時代じゃないですか。