徹子の部屋 増田惠子

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この番組のまとめ

歌手生活43年でいらっしゃいますけどももうピンク・レディーの頃からと全然 スタイルは変わりません。 私は えっと…三十… 三十前半ぐらいからクラシックバレエを始めて。 全然 あの…ピンク・レディーになった時になんら変わる事ないスタイルだったんで。 加藤登紀子さんが歌ってらして阿久悠さんの曲だった千代の湯という お風呂屋さん…本当の名前で。 で 土居先生…振り付けをね してくださってた土居先生のアシスタントだったみっちゃんっていう方に振り付けを付けていただいて。 ちょっと 阿久先生のなんか エッセンスも…。

2004年… 2005年の時に2年間 ピンク・レディーとしてミイとお部屋に戻ってもルームサービスの おうどんが本当 2本しか食べられなかったんです。 えっと 中はチキンライス…。 本当はチキンライスなんですけれどもこの時は ビーフにしてちょっと お肉をしっかり食べようかなと。 だから 結婚前は冷蔵庫の中に化粧品とフルーツしか入ってなかったんですね。 結婚してから お野菜とか食べるものを入れるようになって。

4年前ですけど…悲しいお話だと思うけど産んでくださった お母様亡くなったんですって?はい そうですね。 でも お父様が早くに亡くなったんで?そうなんですね 私が3歳の時に交通事故で亡くなっているので。 それを決める前の日に伯父さんと伯母さんが「惠子がいなくなっちゃうのは寂しいね」っていうのを聞いて…。 なので 「将来の事は惠子がしたいように応援したい」そこで 意見がその頃 ちょっと割れていたので少し姉妹の仲が 今までよりはちょっと悪くなった感じではあったんですけれど。 やっぱり お母様ですね。