ご存じですか?それは…頼朝34歳の時平家打倒を掲げ石橋山の戦いに挑むも 惨敗300いた兵がわずか7人になってしまいますしかし それから42日後頼朝軍は…5万です。 最初の頼朝ミステリーは こちらその秘策を探るべく本郷先生と歴史好きの石原良純くん村井美樹くんが…鎌倉幕府の公式歴史書『吾妻鏡』によると石橋山で敗れた頼朝は8月28日に神奈川 真鶴を出発翌8月29日に安房国にたどり着いたと記されています気持ちいいけど結構 風 吹いててねこれ ちょっと見えないんですけどね…。
先生 この頼朝の行動から我々が学べる事はずばり なんでしょうか?やっぱり頼朝ほど身分が高い人が安房国で兵力を300まで伸ばした頼朝はその4日後さらなる軍勢を手に入れます北にある下総国で600まで膨れ上がらせるのですおお~! 誰だ?このあと大河ドラマでも注目されたあの名シーンの舞台裏現代にも通じる人の心をガッチリつかむ頼朝のひと言とは?もっと強かった。
関東最大と呼ばれていた上総の兵力は頼朝軍のおよそ70倍 2万厳しい交渉になると踏んでいた頼朝は兵力300の千葉から口説き始めます理由はもう一つ頼朝には千葉に効果的だと考えられる2つの秘策があったのですその一つが…それで 源氏に心を寄せてるんじゃないかなっていうような思いがあったんだと思います。 尊敬の念を抱く主君であり恩義もあった千葉にとってはこれ以上ない言葉でしたこういうふうに言うと頼朝は千葉常胤の機嫌取ってんのかな?っていう感じになるんですけど結構 そうでもなかったんですよ。
千葉から得た上総の人間性などから頼朝はある秘策を用意したのです9月17日に千葉常胤を仲間に入れた頼朝は600の兵を引き連れ西へと歩を進め…隅田川のほとりで陣を張ったといわれていますで この 頼朝の600の軍勢はここまでやって来て待ったんですか? 上総広常を…。 この辺りに陣を張って 2日間上総広常の到着を待っていたと。 はい という事で頼朝が上総広常に放った第一声とはなんでしょうか?第一声?第一声。
頼朝は大軍をどう渡らせたのか?それがわかる貴重な資料が隅田川を渡った先頼朝ゆかりの石濱神社にありました石濱神社は頼朝が奥州 藤原氏今の東北一帯を治めていた一族の討伐に向かう際戦勝祈願したといわれる神社そうです。
実は その道中で抱えていた ある問題を解決していました頼朝軍が 昨日今日仲間になった兵ばかりの寄せ集め軍団だという事平家との戦いに打ち勝つためには兵力だけでなく士気の高さも必要兵たちの心を一つにし最強軍団を作り上げる必要がここでも現代の私たちが学べる頼朝のリーダー術が発揮されるのです最後の頼朝ミステリー実は この場所こそ頼朝の鎌倉入り前の総仕上げともいえる場所3万の大軍ながら寄せ集めだった頼朝軍を実は 鶴岡八幡宮の参道をそのまま東京方面に伸ばすとその場所に突き当たるのですこちら 鶴岡八幡宮を空から見た様子