で こんな分厚い床本をこう 押し頂きましてね大きな男の子が生まれると相撲取りにしようか文楽の太夫さんにしようかちゅうたぐらいで。 横で弾く 三味線弾きの方三味線も やっぱり 大きいです。 ただ 三味線弾きの方はいわば 女房役でございますんで逆に 小柄な方が多いんですね。 三味線が入りますんで節もありますからな台詞があって 節があるという大変 難しい芸で何かにつけて 大きいです。
稽古するのは勝手なんですがこれが 難しい分ちょっとやれるようになると 今度一遍 他人に聞かせたいという邪心が出てくるんですな。 浄瑠璃の お下手な方というのはもう 芸が大きい分下手な分も増幅される訳でございます。 前のほうで 皆が バリバリバリバリバリバリバリバリ バリバリ」。 この間 誰やったやな頼りない奴に回らせたところが肝心の提灯屋さんへ行くのコロッと忘れよってなあれから 向こうの親父さんに会う度に『旦那さん。
「何でも 明日銀行の開業がございましてな連吊り提灯を 500から誂えんなりませんのやそうで『今晩 どうしても夜通しをせん事には間に合わん。 薄揚げとか厚揚げこれは 豆腐 切って揚げりゃ 終いでございますがひろうす雁もどきってやつはいろんな物が入りますでな人参とか牛蒡とか細こうに刻みまして紫蘇の実ってな物が入りますがこれもある時は よろしいんですが無い時は 漬物屋で仕入れるんやそうですな。
「戸口の 妙高婆さんが今朝方 ポックリ 亡くなりまして今晩 一統に 夜伽をせんなりませんのやそうで『よろしゅう お断りを』と」。 「ご番頭どんが昨晩のこってございます。 それで ご番頭どん あまり飲めんほうでおまっさかいな無理して 飲みはったもんで朝から 『頭が痛い お腹が痛い』ちゅうてはったんですけど昼間はお仕事のほうでございますんでなんとか やらせて頂きますが夜のほうは 言わば旦那さんのお慰みのほうでございますんでできましたら 養生のために』と最前から 休んではりますんで」。
浄瑠璃というのは耳で聴くんじゃで?耳さえ達者ならそれで ええじゃろが?」。 といいますのは旦那さんの お浄瑠璃お上手でございますからな聞かせて頂くと自然と 悲しみを催す。 「『しばらくの間 浄瑠璃だけは決して 聴かんように』と医者のほうから きつく止められておりますんで」。 今晩 旦那さんのお浄瑠璃があるで』っちゅうたら『あっ』ちゅうて落ちましてね」。
お前さんら 何じゃな私の浄瑠璃を聴くのが嫌なんじゃな? そうじゃろ?そうやなかったら 揃いも揃って用が出来たり病気になったりする訳がないのじゃ。 お前さんら 聞かせてやるてどない思てるか知らんがな世の中に この浄瑠璃ほど結構なもん ありゃせんのじゃで昔の名人上手と言われた作者が何々太夫という名前があって高い お給金 もろうて語ってんのとは違うのじゃ。 私ゃ もう生涯 浄瑠璃 語らんで。 私さえ語らなんだらええのやろ?私ゃ 生涯 浄瑠璃は語らんで。 生涯 浄瑠璃は語らんで」。
最前 ああして お断りしたものの今時分 旦那さんがどの お浄瑠璃をどの声で どういうふうに語ってはるかと思たら 気がそっちへ パ~ッと 行ってしもて皆目 仕事が手につかず 提灯の字逆さまに書いたりなんかしておかみさんに えらい叱られて『それやったら あんた代わりの職人 入れて あんた聞かせてもろてきなはれ』言うて提灯屋の親父さん参っとりますんで」。
『観音講の導師や皆 してるがために旦那さんの お浄瑠璃聴き逃すてな事になるねん。 又はん 言うとりまっせ『旦那さんの お浄瑠璃上手 下手という事になりましたらお素人衆のこってすさかいな玄人の太夫さんにはかなわんかもしらんが旦那さんの お浄瑠璃には玄人の太夫さんにはない旦那さん独特の色というか味というか 艶というか何とも言えんもんがあんねん。 「それから 裏長屋が 一統に参っとりますが」。