今宵 ご紹介するのは明治維新の立て役者 西郷隆盛。 実は 西郷は 若い頃上司との人間関係で とってもつらい思いをしてきたのです。 薩摩藩の下級役人だった西郷は名君と名高い藩主島津斉彬によって 大抜擢。 新しく 藩の実権を握ったのが…こうした衝突や 行き違いが度重なりついには 西郷は 久光により…まさに 左遷でした。 人間関係で行き詰まった西郷はどんな知恵で復活を遂げていくのか?現代のすご腕経営者が読み解きます。
この絶海の孤島で西郷は どんな囚人生活を送ったのでしょうか?中を のぞくと…。 西郷隆盛というのはまさに 島流しの間にそれを練っていったんだと思いますね。 これって 大して西郷隆盛という人の政治力とか関係ないように思うかもしれないですけどもこういう深い教養というのがいつか 役に立つ。 これ 実は 「西郷丼」の付け合わせにと思って用意したんですけれども。 沖永良部の家庭とかでは一般的なものなんですよねこのパパイヤの漬物というのは。 実に この「西郷丼」とこのパパイヤの漬物というのはベストマッチなんですよね。
提言を受けて 島ではこうした 高床式の倉に常に 米が備蓄されそれが 明治30年代まで非常時の食糧供給を支えます。 西郷の復活を望んだのは薩摩本土の人間だけではありません。 島での西郷の活躍を知る役人たちも任期を終えて戻ると西郷復帰を求める活動に加勢したのです。 西郷を 一生涯の島流しとしていた上司の島津久光も西郷を呼び戻す事にしぶしぶ 了承します。 でも キセルを ククーッて かむぐらいの思いだったという 久光どんな気持ちで帰したんでしょうかね。 要するに「久光公では無理ですよ。