世阿弥は 自分の一座の末代までの繁栄を願って世阿弥が伝えようとしたものは能の世界だけに とどまらず人生の さまざまな局面にあって支えとなる哲学です。 600年後の 現代の日本でも世阿弥の言葉には生きるヒントが隠されています。 まあ 「初心忘るべからず」というのは本当に有名な言葉ですけど これ世阿弥の言葉だったんですね。 世阿弥は必ずしも初心というのは若い時の 最初の思った気持ちだけを言っているんではなくて中年の時にも初心があって老いて後も 初心があるというふうに言ってますので。
世阿弥が言ってる初心はここです。 ちょっと… 今 よく使われてる「初心忘るべからず」の「初心」とちょっとだけど離れてますね。 そうすると 初心ってそのポイントの 点の話じゃなくてちょっと その幅があるというか自分の初々しさ 青さそれから 周りのちやほやそれを どうやって抜けようかこの全体を合わせたものが 初心。 これは 23~24の頃の事を言ってるんですけどその時々 つまり30超えても 中年になってもその時々に やはり初心がある。
これは 中年ぐらいになって特に世阿弥は 34~35歳が能楽師の絶頂であると言ってるのでその絶頂を降りる時 あるいは絶頂から行く時も含めてやはり その時々に 壁があってその壁を 何とか越えていかなきゃならないと。 どうしてかというとやっぱり世阿弥は芸術をそうすると老いて後に例えば足が…よく言うのは中年の50ぐらいまでは今なら 60でしょうけど立った時に 足が閉じてますよね。 世阿弥が そう語った背景には父 観阿弥の死の直前に舞った姿がありました。