ミュージック・ポートレイト「宮沢りえ×野田秀樹 第2夜」

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この番組のまとめ

小劇場ブームの立て役者で常に 日本の演劇界をけん引してきた演出家。 演出家…1980年代小劇場ブームをけん引した…しかし 絶頂の中34歳で 突然 右目を失明。 ビョークは視力を失っていく母親役を独特の存在感で演じ…何か こう ビョークの本当に細胞に問いかけるみたいな音がちゃんと働きかけるような表現方法がすごく憧れたし自分の中にも始まった感じがすごく してて。 そう願った りえは映画女優としての成功に飽き足らず舞台への挑戦を決意します。 映像の世界で実績はあっても舞台経験は乏しかった りえ。

じゃあ 今から10年間 何ができるんだっていう時に野田さんと仕事をした事でそれを見せられただけで ワ~ッて気持ちが入り込んだというのはやっぱり すごい事だと思う。 海外で 本格的に芝居作りに挑戦したい。 そう考えた野田は17年間 共に作品を作ってきた夢の遊眠社での活動を終える事にしました。 実はロイヤル・シェイクスピア・カンパニーっていうでかいカンパニーが 急にその時間のところにやりたいからって言ったんでそこは空けないと駄目だ」って。

この作品は 野田が日本語で書いた「赤鬼」を英語に翻訳して上演されたものです。 やっぱり イギリスは英語至上主義でとにかく 英語で通訳なしで英語で向こうの役者と渡り合わなくちゃいけないって。 それによって 今 調子よくいってるか いってないか分かるって言われてそう言われてから何か ふっと この歌が出てる時あっ 本当だ野田は 「RED DEMON」の反省からびっくりしたんですよね。

何年か後に りえちゃんに日本語版で「THE BEE」に出てもらった時に旅公演した時に子どもたちを一緒に連れていったじゃない?娘たちを。 今までだったら共演している人に対して何で そういうお芝居なんだろうとか思ってたけどまず こう 「ああ なるほど日本の演劇界に欠かせない存在となった宮沢りえ。