徹子の部屋

戻る
【スポンサーリンク】

黒柳徹子:なんといっても、人気の俳優の方に今日はおいでいただいております。 市川海老蔵さん、今日のお客様です。 黒:十一代目市川海老蔵さん、今日のお客様です。 こんなお若くていらっしゃるのに、もう、俳優、役者人生30年という方でいらっしゃいます。 市川海老蔵:そうですね。 ちょうど5月に、京都の南座の時に、朝起きて、舞台の準備のトレーニングを野外でしてましたんで、黒:あなた、あの時、白塗りでいらっしゃいましたよ、なんかね。 黒:それから、やっぱり、廊下が広いとか、明るいとか、随分違うんですってね。

男の子だからといってね、歌舞伎俳優かどうかは、まだ決めてない?市:そうですね。 黒:あなた、ご自分の事をお考えになると?市:僕は、だから、3歳の時に、家の目の前の公園に、父・團十郎に連れていかれて、「お前は歌舞伎役者になるのか?」と言われて、「はい」と言っちゃったらしいですね。 「でも、あなたは、もう3歳の時に約束したわけですから、ダメです」というような、半ば強制的な…。 「あの時、君を本当に一人の人間として…」。

黒:でもさ、日本の俳優…、歌舞伎俳優がさ、奥さんに結婚のルビーあげようと思って、掘ってるって知ったら、みんな笑っちゃうんじゃない?おかしくて。 でも、皆さんに祝っておもらいになって、本当にいい結婚式だしね、いろんな事で、よかったと思います。 その時に奥様と…、あなたのお母様ですよね、それから、おば様たちがお父様の事を一生懸命やってらっしゃるのを見て、「ああ、家族っていい」って…。 そしたら、お父様は、もう本当にちょっとのところでご覧になれなかったんですって?市:そうなんです。

言い方、変ですけど」黒:「おじい様に比べると?」市:「はい」黒:「新之助さんは、小学校何年生の時か、あなたは、やはり、本人の意思で歌舞伎俳優になりたいかどうか聞いた方がいいと思って、おうちの前の公園にお連れになって、お聞きになったんですって?」團:「ええ、そうですね」「まあ、聞きましたけども」黒:「そしたら、なんて言った?」團:「まあ、“やります”という事を言ってましたけどね」「でも、当人は忘れてるんじゃないですか?」黒:「覚えてらっしゃる?」市:「いや、全く記憶にないです」黒:「記憶にございません?」團

特に若い時、歌舞伎を背負ってやんなきゃいけないみたいな、本当に歌舞伎そのものみたいに思ってらしたんですって?垣間見てしまったので、親子の別れという事の悲しさというのは、そのあとでしたね。 歌舞伎そのものが失われていくという恐怖心というか、恐ろしさっていうのが、やっぱり、僕の中では先にきたのが、意外でした。 それが全く、悲しい…、父を失った悲しみよりも、歌舞伎というものが、父という歌舞伎というものがこの世からいなくなるっていう事の怖さは先だったっていうか、そういう思いが強かったです。

もちろん、『勧進帳』だと、弁慶ですと、例えば、中啓も、すごい微妙な…、湿らせた布を今度は巻いて、何分前に巻いておくとか。 黒:でも、お父様はすごく真面目な方だから、全部、いつも、市:コマンドゥールかな?黒:そうそう、コマンドゥール。 市:父はコマンドゥールですね。 僕も、なんか、シュヴァリエみたいなのもらったんですけど。 お父様も、こちらで、あなたと一緒に、パリのオペラ座で一緒に出来て、うれしかったっておっしゃってましたね。