徹子の部屋

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この番組のまとめ

黒柳徹子:ついこの間まで、朝のテレビ小説、NHKですけど、おばあさんをやってらしたので、「あら、随分お若くおなりですね」って言ったんですけど、考えたら、もともとは若い方が、おばあさんになっていたっていう事ですけども。 黒:今日のお客様、女優さんでいらっしゃいますが、つい先頃の朝のテレビ小説、NHKが大当たりの、夏ばっぱ、なさったもんですから、まあ、こんなにお若くてと思ったんですけど、もともとは…、あの時は老けていらしたんでね。

ああ、これで女優の第3段階っていうか、1つの節目になる作品になったわって思っていましたら、それから、ずっと白くて、黒い髪やってないんです。 やっぱり、あのぐらいが出来るっていう事になると、やっぱり、そういう需要が多いのよ、きっとね。 水泳は、お出来になるの?宮:はい、出来ます。 黒:私、疎開してた頃はね、三戸郡っていうとこなんですけど、あんまり雪降らなくて、うんと寒いとこなんですよ。

でも、あの中で、あなた、お母様の…、本当の、実のお母様の物をお使いになった。 ハンドバッグかなんか?宮:使いました。 これは、「リー・ワイリーを訪ねて」でオクラホマ行った時に…。 黒:オクラホマ。 ハンドバッグ、こればっかり見てたかもしれませんけど。 宮:宮藤さんのは、その説明が、こうあって…、順撮りであって、ここに謝るっていうんじゃなくて、パンパンと飛ぶんですね。

黒:「それで、わたくし、一度、あなたのお家へ行こうと思ってたんだけどさ、ちょっと忙しくて行かれなかったの」「君は、なんか、道の説明がうまいっていうんだけど、私、行こうと思ったら、修善寺の駅で降りるの?」池内万作:「え?違う、違う。

千秋実さん。 千秋実さん、おじ様でしょ。 黒:今、お父様の美術館?宮:はい、伊丹十三記念館、松山にあります、あそこで、ちょっと手伝ってくれて。 黒:それから、そこで…、その記念館でイベントなんかやる時も、なんか、やったりとか?宮:手伝って、裏方の仕事。 黒:でも、本当に、伊丹さんっていうのは、本当に面白いのは、そういうところさ…。 その間、二十歳過ぎでね、また、お父様と一緒に来ていただいたのは、私、知ってるんだけど、そのあと、またね、もう大人になったなんてね。

兄貴がもう、早稲田行ってましたからね」「その相談に行った時は面白いんですよ」「“俺、俳優になるために家出してきたんだ”ったら、“バカ野郎、鏡と相談しろ!”、こう言うんですよ」黒:「お兄様が」千:「ねえ」「“お前、俳優ってものはな、長谷川長二とかなんとかって、みんな、二枚目でなきゃダメなんだ!お前みたいな、そんな顔して、お前、俳優になれるか!”なんて怒られてね」「だけど、“まあ、これからは、お前な、大学ぐらいは親が出してくれてんだから、出て、それから俳優の道に入ったっていいじゃないか”と言うんで、本当ね、多

黒:名古屋弁の癖とかいうのは、なかったの?宮:ありました。 黒:名古屋弁って相当ですもんね。 黒:文学座、一緒だったよね?そのあと、私、伊丹さんとしょっちゅうテレビ、一緒だったじゃない。 宮:『源氏物語』?黒:『源氏物語』なんかご一緒で、行きも帰りもずっと一緒とかっていう時に、私の着てる洋服が、帽子も、こうして。 ね?全部、「ストッキングは、なんでならなくてはならぬ、スリップは、なんでなくてはならぬ」みたいな事、書いてらしたから。