徹子の部屋

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この番組のまとめ

そのデビューから50周年という事で、本当に、半世紀歌い続けていらっしゃった方が今日のお客様。

黒:でも、そんな事を、その物音の中で、お父さんもやってらっしゃる物音の中で、お母様があなたに、そのうなりを教えてくださったって。 都:うちのはガッチャガチャっていうんで…。 でも、お母様も、歌手、または浪曲?そういうもの、やりたいっていう風になんか10円くださったの?都:まあ、なんでかといいますと、私が、あまりうなるのが嫌がるものですから、母、考えたんでしょうね。 都:これ、また、母が出来るので、なんにも文句言えないんですよね。

黒:でも、歌手にはなりたいとはいうお気持ちはあった?都:そうですね、そんなに強い気持ちはなかったような気がします。 随分、あなたが有名になったりして、ちょっと、わがままな事、おっしゃったりなんかして、ビシャッて、ものすごい…。 都はるみっていうお名前ですけど、これ、初め違う名前だったんですって?芸名?都:京都出身なもんですから。 北村春美ですけども、京都出身だからっていうので、応募したんですね。 都:で、そこで一番圧倒的に多かったのが、同じデビューで、ダンサーの方なんです。

黒:特にあれでしょ、洋服の人はツツッと着られるけど、着物は大変ですよね、トイレで着ると。 じゃあ、テレビ?テレビは?都:もう家で、テレビをチェックしてます。 でも、テレビはチェックなさるの?都:もう、ずーっと。 黒:じゃあ、むしろ、テレビの方が、お母様のご注意があるから、怖いっていう感じですかね。 市川昭介先生が、ここでうなりって、「うなり」って、譜面にお書きになるんですよ。 それにしても、まあ、そういう事でうまくいって、そういうお着物は、いつもいつもお母様が用意してくださったりなんかしたんですけど。

随分、糖尿病という事で入院をするようになってからは、もう、あっちの病院、こっちの病院、もう転々としました。 黒:しまいになんか、両足切断とおっしゃいました?両足?都:両足、そうですね、最初、右切って、こっち…。 黒:お上手なの?お母様、歌。 黒:でも、あなたの着物を選ぶなんていうのは、お母様にとっては、とっても本当は楽しい事だったんでしょう?都:本当にそう思いますね。